2019 Fiscal Year Research-status Report
大正・昭和文学における外地人表象の研究:朝鮮人表象を中心に
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19K23072
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
堀井 一摩 東京大学, 大学院総合文化研究科, 助教 (70847467)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | 朝鮮人表象 / 三・一独立運動 / 朝鮮人虐殺 / 中西伊之助 / 金子文子 / 隠蔽記憶 / パラノイア / 動物 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、①三・一独立運動後の朝鮮人報道、ならびに関東大震災時の朝鮮人虐殺に関する資料収集、②植民地朝鮮における「外地人」を描いた文学テクストの分析、③植民地的抑圧・暴力に対する抵抗の実践についての考察を行った。 ①国立国会図書館や新聞のオンライン記事データベースを利用して、朝鮮人に関する新聞記事の複写・スキャンを行い、三・一運動から関東大震災にいたるまでの朝鮮人表象の傾向を分析した。また、滋賀県立大学の朴慶植文庫で調査を行い、関東大震災時の朝鮮人虐殺、ならびに金子文子・朴烈関連の資料を収集し、「内地」における朝鮮人表象の分析を行った。調査の結果、「不逞鮮人」という表象の枠組みが、三・一運動の平和的な運動形態と植民地当局によるその暴力的な鎮圧を覆い隠す「隠蔽記憶」として働いていることが確認できた。 ②中西伊之助の短編「不逞鮮人」における朝鮮人表象を分析し、学会発表を行った。朝鮮人を抑圧し、独立運動を暴力によって制圧した日本人の「加害者のトラウマ」が否認され、朝鮮人に投影された結果、「不逞鮮人」という恐怖の幻影が生まれる心的機制を中西の小説から取り出すことができた。このようなパラノイアのメカニズムが、その後の朝鮮人虐殺の情動的な背景となっていたと考えられる。 ③金子文子の自伝『何が私をこうさせたか』における朝鮮人表象を分析し、朴烈と連帯した金子文子の抵抗戦略について考察した。文子のテクストから、武断統治時代の植民地朝鮮において、朝鮮人が「内地人」によって〈動物化=家畜化〉されていることが確認された。また、動物化された朝鮮人の痛みに共振する回路を発見し、個人を犠牲化=動物化するの〈うち〉(国家、家)の思想を批判して、個と個の対等な関係にもとづく新たな〈うち〉を探し求めた金子文子の抵抗戦略を考察した。この研究成果は2020年9月に明石書店から刊行される論集で発表する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究を通して、①「不逞鮮人」言説の機能、②関東大震災時における朝鮮人虐殺の心理的背景、③日本人と朝鮮人との連帯と抵抗のあり方について、従来見過ごされてきた新たな視点を提示し、植民地表象研究に貢献できたと考える。 ①三・一独立運動から関東大震災にいたる朝鮮人表象の調査によって、植民地における抑圧と暴力を隠蔽する「不逞鮮人」言説の機能を明らかにした。従来、「不逞鮮人」表象をめぐっては恐怖を喚起する側面のみが強調されがちであったが、本研究を通じて日本人の加害性の隠蔽という新しい視点を提示できたと考える。引き続き三・一独立運動、ならびに朝鮮における抗日運動に関する新聞報道の調査を継続していく。 ②中西伊之助の小説の分析によって、朝鮮人に対する加害性の隠蔽が被害妄想へと転換するパラノイアのメカニズムを取り出し、関東大震災時における朝鮮人虐殺の心理的・社会的な素地を明らかにできたことも、本研究の大きな成果であった。今後は『赭土に芽ぐむもの』などの中西の作品や、ほかの作家の朝鮮人表象の研究を通じて、新しい側面を指摘できるよう研究を進めていく。 ③大正期の朝鮮人表象研究は被抑圧者としての側面が強調される傾向があるが、金子文子のテクストを通して、日本人と朝鮮人との間の連帯の可能性や、抑圧に対する抵抗の側面を記述できた。ただし、新型コロナウイルスの感染拡大のために韓国の朴烈義士記念館への調査が遂行できなかった。今後は、大正期における在日朝鮮人による抵抗運動、とくに、朴烈と金子文子とともに刊行した雑誌『太い鮮人』や朴烈の裁判記録の調査によって、朴の言語戦略を明らかにする必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
基本的に当初の研究計画に沿った形で研究を進めていく。 ①「不逞鮮人」言説の研究に関しては、上述の通り一定の成果を得ることができたが、今後も三・一独立運動、ならびに朝鮮における抗日運動(とりわけ「朝鮮馬賊」の運動とその表象)に関する新聞報道の調査を継続し、仮説の補強を目指すとともに、新たな側面を発見できるように研究を進めていく。また、中西伊之助を例外として、大正期に朝鮮人を描いた文学テクストは数少ないとされており、作品や資料の発掘が待たれている。大衆作家を含めて大正期の作品や資料に広く目を通し、この時期の朝鮮人表象の包括的な把握のための基礎研究にも着手したい。 ②今後の研究の最大の課題は、朝鮮人虐殺に取材した文学作品を取り上げ、その批評性を検証することである。従来の研究は、作家が震災時に書き残した証言に限定され、秋田雨雀・江馬修らによる朝鮮人虐殺の作品化については包括的な研究が進んでいない。そこで、佐藤春夫「魔鳥」、秋田雨雀「骸骨の舞跳」、江馬修「羊の怒る時」、越中谷利一「一兵卒の震災手記」などを取り上げ、作品分析を行う。 ③さらに、ホロコースト研究、トラウマ研究、レイシズム研究の知見に学びながら、本研究で得られた知見を理論的に精緻化することも重視していく。理論構築を行うことで、在日朝鮮人に対するヘイトスピーチやゼノフォビア(外国人嫌悪)などのアクチュアルな問題に本研究を接続し、文学研究の立場から共生社会の構築に貢献していきたい。 なお、2019年度は、新型コロナウイルス感染拡大のため、韓国ソウル市の韓国国立中央図書館、韓国国家記録院、ならびに慶北聞慶の朴烈義士記念館への調査が叶わなかった。国内外の感染状況を注視しながら安全に調査が行える時宜を見極めたいが、海外調査が困難である場合は、②および③に比重をかけて研究を進めていく。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は、新型コロナウイルスの感染拡大のため、2~3月に予定していた海外調査(韓国ソウル市の韓国国立中央図書館・韓国国家記録院、ならびに慶北聞慶の朴烈義士記念館)を見合わせたためである。2020年度は感染状況を注視しながら、安全に調査ができる時宜を見極め、韓国での調査に使用する予定である。海外調査が困難である場合、滋賀県立大学の朴慶植文庫への調査、ならびに、国立国会図書館や国立公文書館での調査で代替する予定である。 翌年度分の助成金は、研究計画に沿って、図書の購入費、文献複写代、国内学会・国際学会への旅費、資料収集や翻訳にかかわる人件費・謝金などに使用する予定である。
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Research Products
(4 results)