2010 Fiscal Year Annual Research Report
啓蒙と誤謬:『百科全書』の「学芸の全体的・合理的歴史」に見る「誤謬の歴史」の役割
Project/Area Number |
20520076
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
井田 尚 青山学院大学, 文学部, 准教授 (10339517)
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Keywords | 18世紀 / 啓蒙思想 / 百科全書 / 科学史 / 科学思想史 / 誤謬 / フランス |
Research Abstract |
本年度の前半には、3年間の研究の総括の一環として、『百科全書』における「誤謬の歴史」の役割を科学史の観点から考察した長編の論考を共著『科学思想史』として出版した。その結果、正統的な科学史から排除された科学的誤謬の数々の近代科学の進歩への隠れた貢献と、想像力を介した科学と文学の近接性を明らかにすることに一定の成功を収めた。 本年度の後半は、上述のテーマから派生した、『百科全書』の項目における医学論争のテーマに関する文献の調査・分析を進め、論文として発表し、以下の点を明らかにできた。1)『百科全書』の項目「脈拍」(執筆者メニュレ・ド・シャンボー)および項目「潟血」(執筆者アントワーヌ・ルイ)に共通するのは、それぞれの項目執筆者が、対立陣営の医学者及び過去の医学者の「理論」と「実践」を批判的に記述することで「誤謬の歴史」に送り込みつつ、「真理」を引き合いに出すことで、それ自体ひとつの形而上学的な「仮説」の域を出ない自陣営の医学的「見解」の正しさを読者に訴えかける論争的な意図に基づいた歴史叙述である。2)「事実」の「観察」と「臨床」を重視した「経験医学」の立場から、「計算」を偏重する機械論者らに代表される「理論医学」が生み出した「誤謬」の数々を、まさに「自然」を無視した机上の空論、「自然」に対する「医学」の越権として批判するメニュレとルイの歴史叙述は、やはり、同時代の医学界における普遍的な「真理」の地位を巡る学派間の論争を反映した「党派性」に彩られている。3)そして、両者による医学史の叙述は、医学的な「学説」と形而上学的な「見解」が表裏一体の関係にあった十八世紀医学の事情を物語るとともに、当時の医学論争が生じた経緯を、その淵源に遡って「客観的な歴史」として叙述した上で、自陣営の「見解」に有利となるように「過去」の歴史を総括し、読者を誘導する巧みな論争的操作の介在を示している。
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Research Products
(3 results)