2022 Fiscal Year Annual Research Report
なぜプログラム細胞死はイネの生産性に重要か?-その生態的役割と制御機構
Project/Area Number |
20H00418
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
藤本 優 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 准教授 (60554475)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
根本 圭介 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 教授 (40211461)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | イネ / プログラム細胞死 / 耐湿性 / 根圏微生物叢 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究代表者は、ソルガムD遺伝子(被子植物に固有の転写因子をコードし、茎柔組織のプログラム細胞死を誘導する)のイネホモログの機能を探究する過程において、この遺伝子が茎から穂への貯蔵炭水化物の再移動や根の通気組織形成に関与している可能性を見出した。プログラム細胞死が植物の形態形成に果たす役割については、これまでも多くの研究者によって検証されてきたが、作物の生理生態的形質の一部も、ある共通したプログラム細胞死のプロセスによって包括的に制御されているものと推察される。そこで本課題では、イネD遺伝子により制御されているプログラム細胞死のプロセスの解明や、収量性や耐湿性をはじめとしたイネの生理生態におけるプログラム細胞死の役割の特定を目指した研究を進めている。これまでに、イネD遺伝子の発現パターンや過剰発現の影響、機能欠損変異体に生じる表現型の分析を通じて、イネD遺伝子が根の皮層でのプログラム細胞死の誘導に機能すること、また、それを介した通気組織の形成が地上部から根圏への酸素供給や嫌気的環境での根の生育に重要な役割を果たすことを明らかにした。当該年度においては、イネD遺伝子の機能欠損変異体の遺伝子発現プロファイルを分析することで、イネD遺伝子の下流で機能する遺伝子ネットワークの実態や、根の皮層におけるプログラム細胞死の誘導が嫌気的環境での根の生理生態に果たす多様な役割の解明に向けた手がかりを得ることに成功した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度においては、研究代表者の予期せぬ病気療養により一部の解析に遅れが生じたものの、おもに野生型とイネD遺伝子機能欠損変異体の根の先端部を対象としたトランスクリプトームの比較を通じ、イネD遺伝子の下流で機能する遺伝子ネットワークの同定や、通気組織が嫌気的環境での根の生理生態に果たす役割のさらなる検証に取り組み、当初期待していた以上の進展があった。その内容は下記の通りである。 まず、イネD遺伝子機能欠損変異体の根では、野生型のそれと比較し、プログラム細胞死の実行に関与する既知遺伝子の発現が著しく低下していることが判明した。一方、シロイヌナズナ培養細胞を用いたRNA-seq解析の結果では、それら遺伝子のシロイヌナズナホモログの発現がイネD遺伝子の発現によって誘導されることが確認された。このことから、イネD遺伝子の下流においては、少なくともプログラム細胞死の実行に関与する遺伝子群が機能しているものと考えられる。さらに、嫌気的環境で生育するイネD遺伝子の機能欠損変異体の根では、エネルギー代謝や特定の必須元素の吸収・輸送、個体の相転換、微生物との相互作用に関連する遺伝子の発現が顕著に変動しており、イネの生理生態に通気組織が多様な役割を果たしている可能性が示唆された。また、上記の解析と並行し、根の皮層でのプログラム細胞死が根圏の生態的機能の成立に果たしている役割を検証するための予備的解析として、嫌気的土壌環境におけるイネ根圏微生物叢の時空間的な変動を分析することで、生育ステージや根の部位ごとの特徴を明らかとした。
|
Strategy for Future Research Activity |
次年度においては、引き続き根の皮層でのプログラム細胞死の誘導におけるイネD遺伝子産物の特性や、それを起点とした転写ネットワーク、また、根の皮層におけるプログラム細胞死の発生が好気的・嫌気的な土壌環境でイネの生理生態に果たす多様な役割の実態解明を目指し、下記の項目を中心に研究を進めていく。 ① イネD遺伝子がコードするタンパク質の分子特性の解明:イネD遺伝子がコードするタンパク質(イネDタンパク質)は、分子系統解析から、転写因子としての機能を保持している可能性が予見される。そのため、イネDタンパク質について、野生型とイネD遺伝子機能欠損変異体とのトランスクリプトームの比較から絞り込んだ下流遺伝子を対象に、その転写誘導活性やプロモーター結合活性を確認する。 ② イネD遺伝子の機能欠損が根圏の生態的機能に及ぼす影響の検証:引き続き、イネD遺伝子を介した根の皮層でのプログラム細胞死が根圏の生態的機能の成立に果たしている役割を解明するため、野生型とD遺伝子機能欠損変異体の16S/ITSアンプリコンシーケンス解析を行い、好気的および嫌気的な土壌環境における根圏微生物叢の構造や多様性を比較する。 ③ イネD遺伝子の畑作物への導入が根の内部構造に及ぼす影響の検証:イネ科畑作物の根では、嫌気的環境でその皮層に通気組織が形成されるものの、イネの根のような好気的環境での通気組織の形成や嫌気的環境におけるその発達は見られない。そこで、イネD遺伝子の発現が根の通気組織形成の特性獲得に十分であるか否かを検証するため、根でイネD遺伝子を高発現させたイネ科畑作物を作成し、皮層の組織構造や細胞形態を精査する。
|