2021 Fiscal Year Annual Research Report
現代インド被差別民の自己尊厳獲得にみる異種協働が生む社会倫理の宗教人類学的研究
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20H01401
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Research Institution | Bukkyo University |
Principal Investigator |
根本 達 佛教大学, 社会学部, 准教授 (40575734)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
関根 康正 神奈川大学, 付置研究所, 研究員 (40108197)
志賀 浄邦 京都産業大学, 文化学部, 教授 (60440872)
鈴木 晋介 茨城キリスト教大学, 文学部, 准教授 (30573175)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 宗教人類学 / 南アジア研究 / アンベードカル / 佐々井秀嶺 / ダリト / 仏教徒運動 / 反差別運動 / デジタルアーカイブ |
Outline of Annual Research Achievements |
根本は「不可触民の父」アンベードカルが開始したダリト運動と異カースト間結婚の研究に取り組み、文化人類学や南アジア研究の先行研究をレビューした。同時に岩田慶治の新アニミズム、パースの記号論、佐藤信夫のレトリック論を視座として、現地調査の成果と佐々井秀嶺保存史料を分析し、「虚空の造形」をめぐる論文と報告書を発表した。史料のデジタル化は、佛教大学と茨城キリスト教大学で実施した。またオンラインでの研究会を一回開催した。 インドの被差別民ダリトは、今日その内部から多様な解放運動家を輩出し、政治的領域でも研究領域でも自立的な発信が徐々に力をもってきている。ダリト・バフジャンを名乗るカンチャ・イライヤもその代表的な一人である。彼の出身ジャーティのモノグラフは、ブラーマン中心的な清浄主義に対して、生産性主義を独自の価値として生きる民を描いている。関根はその成果を「非植民地化の『運動主体』としてのサバルタン/ダリト」としてまとめた。 鈴木は佐々井史料に基づき、佐々井の思想形成に関する分析と史料のデジタルアーカイブ化作業を継続した。史料分析では、佐々井が1969年初頭に執筆した手記から「大日輪中天普照の大義」の感得という初期の佐々井にとっての大きな思想的イベントを確認し、その論理構成を明らかにした。デジタルアーカイブ化作業においても同手記全文(約1万7千字)の他、複数の手記や日記のデジタル入力を行なった。 志賀はアンベードカルが1956年に敢行した「仏教への改宗」とその前提となる「欧米留学における近代的価値観の獲得」を考察した。今年度は特にアンベードカルがアメリカ留学中に接した西洋近代的価値観が及ぼした影響を検討した。アメリカの哲学者デューイによるプラグマティズム論について文献調査を進め、アンベードカルの言説と比較対照し、ブッダの言説に見られるプラグマティズム的側面に関する考察も行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
根本は2019年度までの現地調査の成果と佐々井保存史料を用い、佐々井秀嶺の思想と実践について十分に研究を進め、論文と報告書を発表できた。佐々井史料についても、国内でのデジタル化作業に積極的に取り組んだ。公開用ウェブサイト構築にも取り組めた。一方、コロナ禍を受け、本年度はインドに渡航できず、ダリト運動と結婚についての調査を行えなかった。インドの保存史料の日本への輸送も実施できなかった。 関根は被差別者の「生の全体性」に至る人間解放こそが、被差別民解放運動の中心課題であるとして考察を進めた。その要点は「反差別」、「脱差別」に留まらず、最も究極的には差別者と被差別者が同時に解放される「非差別」の次元に到達することである。ファノンなどの西洋植民地主義で虐げられた被抑圧民の解放運動家の思想理論は「反植民地化」や「脱植民地化」を超えて「非植民地化」を希求した。そこにダリト解放運動への大きな示唆がある。 鈴木は史料に基づく佐々井の思想形成の分析を通じて、佐々井が王舎城修行時代の近代日蓮主義の影響を根底としつつも、ナーグプル移動後に「西天開教」を超えた自身の使命(大義)を感得するという、佐々井思想の大きな展開点を見出した。史料読解を通じた佐々井思想形成の研究は、史料の整理・分類作業の進捗と対になって展開している。史料画像の整理については1960年代末~70年代の佐々井ノート27冊分に取り組んだ。 志賀は、本研究課題の主要テーマである「アンベードカルによる三つの歴史的選択」のうち、本年度は「①欧米への留学」について考察した。アンベードカルがコロンビア大学留学中に接した西洋的価値観の中で最たるものは、当時ジョン・デューイらによって提唱されていたプラグマティズム思想であった。デューイとアンベードカルの関係性についてはいくつかの先行研究が存在し、まずはそれらを批判的に検討するところから始めた。
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Strategy for Future Research Activity |
根本はダリト運動と異カースト間結婚の研究に加え、佐々井保存史料のデジタルアーカイブ化を進める。とくに2019年度までに実施した異カースト間結婚の現地調査の成果を取りまとめ、論文として発表する。インド調査が可能になれば、ダリト運動に関する調査だけでなく、現地の佐々井史料の整理も行い、日本へ輸送する。インドへ渡航できなければ、日本での史料のデジタル化とウェブサイト構築をさらに進め、それらの分析を行う。 関根は本年度は海外調査ができなかったが、国内で徳島県に三番叟回しの門付け行事の現地調査に行き、被差別の乗り越えに「非差別」が確かに大事であると確認できる有益な成果を得た。来年度はコロナ禍も収まりつつあるので、インドでの現地調査、特にナーグプルとチェンナイで、ダリトをめぐる解放の政治と解放の文化の在り方を改めて「非差別」の視点で探索する予定である。 鈴木は佐々井史料の読解を通じた思想形成の研究を史料のデジタル化と平行して行っていく。思想形成の分析では1970年代半ばの佐々井にとっての重要な思想的展開としての「オーン」の覚醒が既に手記にあることがわかっている。1969年初頭の「大義」感得から「オーン」の覚醒への思想的脈絡を当時の佐々井のナーグプル現地での活動と照らしながら明らかにする。史料のデジタル入力も引き続き作業協力者を手配し順次進めていく。 志賀はアンベードカルの言説分析と並行してデューイの言説分析も進めていく。アンベードカルの言説分析を行う際に用いるテキストとして、『カーストの絶滅』を取り上げたい。一方、デューイの言説分析を行う際に用いるテキストとしては、『民主主義と教育』を取り上げる。先行研究が示している通り、両テキストの間には字句レベルでの多くのパラレル・パッセージ(並行箇所)が見られる。両者のテキストを比較対照しながら、両テキストの並行性がもつ意味について考えてみたい。
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Remarks |
鈴木晋介、2021年度B.R.アンベードカル及びエンゲイジドブッディズム研究会(オンライン)、口頭発表、2022年2月17日、「「竜樹の夢告」と求道のアブダクション―佐々井秀嶺資料1967-1969年を中心に」
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