2020 Fiscal Year Annual Research Report
The Embodied Self: From Minimal to Narrative
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20H04094
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Research Institution | Tokai University |
Principal Investigator |
田中 彰吾 東海大学, 現代教養センター, 教授 (40408018)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
浅井 智久 株式会社国際電気通信基礎技術研究所, 脳情報通信総合研究所, 研究員 (50712014)
今泉 修 お茶の水女子大学, 人間発達教育科学研究所, 助教 (60779453)
宮原 克典 北海道大学, 人間知・脳・AI研究教育センター, 特任講師 (00772047)
村田 憲郎 東海大学, 文学部, 教授 (80514976)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 身体性 / 身体化された自己 / ミニマル・セルフ / ナラティヴ・セルフ / 身体イメージ / 身体図式 / 自己イメージ / 習慣 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、脳-身体-環境の相互作用から創発する現象として自己をとらえる「身体化された自己」の概念のもとで、ナラティヴ・セルフ(物語的自己)について、将来の実証科学的研究を推進する理論モデルを構想することにある。従来、身体性にもとづく自己の科学的研究はミニマル・セルフ(最小自己)の哲学的理論をもとに進められてきたが、この概念は、自己経験が時間性のもとで物語として編成されていく過程への着目を欠いている。そこで本研究では、身体性への着目を残すことで従来の科学的な自己研究との連続性を保ちつつ、現象学的哲学に依拠してナラティヴ・セルフの理論モデルを新たに提示する。 2020年度は4年計画の1年目であり、主に理論面で次のような成果を得た。(a)ミニマル・セルフとナラティヴ・セルフを身体性において架橋する「身体イメージ」に着目して研究を進めた。身体イメージは、一方でミニマル・セルフを支える身体図式にトップダウンに影響を及ぼし、他方で自己イメージの基盤となってナラティヴ・セルフをボトムアップに構成する。この点を、現象学的精神医学者F・ファノンの著作を手がかりに明らかにした(Ataria & Tanaka, 2020)。(b)ナラティヴ・セルフは、特定の自己イメージに沿って環境を構成し、その環境と身体的相互作用を繰り返すことで形成・修正されるとの着眼を得た。ナラティヴ・セルフはたんに自己についての言語的な語りだけで構成されるわけではなく、語りの内容に見合う生活環境を形成し、それに対応する生活習慣が形成されることで十全に機能する(例:アスリートとしての自己イメージは、生活環境を整えアスリートらしい生活習慣を形成することで、ナラティヴ・セルフとして機能するようになる)。この論点については、現在論文として内容を取りまとめており、今年度の成果として見込んでいる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は理論面中心の課題であり、実験実施以外でパンデミックによる大きな影響は受けていないため、「おおむね順調」を選択した。本研究は3つのチーム(実験心理学・哲学・精神病理学)で相対的に独立して研究を進めている。それぞれの進捗について以下で述べる。 (1)実験心理学チーム:感覚-運動レベルでの最小の自己が、どのように時間的に拡張した自己経験を連続的に構成するのかを調査している。意図的な行為が時間知覚を短く感じさせる現象は「インテンショナル・バインディング」として知られている。研究分担者の今泉と浅井は、この現象が、従来から調べられてきた1秒以内という短時間の時間スケールだけでなく、より長い時間スケールの運動聴覚課題(発話行為)においても観察できることを確かめている(Ohata, Asai, Imaizumi, & Imamizu, 2020)。 (2)哲学チーム:ナラティヴ・セルフの基礎理論を構想すべく、代表者の田中と分担者の村田で哲学者リクールの『他者のような自己自身』を検討している。現段階で整理できているのは、最もミニマルな次元で「行為の主体」として立ち上がる自己が、「語り=発話行為の主体」としての自己へと生成し、さらには「語られた物語の主体(登場人物)」としての自己へと展開する、という三層の生成モデルである。 (3)精神病理学チーム:ナラティヴ・セルフを支える自己イメージの根底には身体イメージがあり、身体イメージが他者との知覚的な相互作用を通じて変化していくことは以前から知られている。代表者の田中は、社交不安障害と呼ばれる精神病理に着目し、この症状の中核には、自己の身体が他者によって知覚され、かつネガティヴに評価されているかもしれないという予期的対人不安があることを見出した(Tanaka, 2020)。
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Strategy for Future Research Activity |
当初予定していた全体的な計画に大きな変更はない。そこで、今後の計画全体ではなく、より具体的に今年度の計画に特化して今後の推進方策を述べる。今年度は4年計画の2年目に当たる。本研究は、アプローチが異なる3つのチームで相対的に独立して研究を進め、その成果を最終的に総合するという方策を取っている。今年度も昨年に引き続き各チームで研究を進め、それぞれの基礎的な知見を蓄積することに専念する。具体的には以下の通りである。 (1)実験心理学チーム:従来、ナラティヴ・セルフは定量的な実験科学の方法にはなじまないと考えられ、主にナラティヴ・アプローチと呼ばれる質的研究の対象とされてきた。この研究では時間経験(エピソード記憶含む)と身体イメージの2点に着目して過去の実験心理学の研究をレビューして自己との関係を整理する。また、その作業を通じて、ナラティヴ・セルフを実験的に扱う枠組みを模索する。 (2)哲学チーム:昨年度に引き続き、ナラティヴ・セルフの基礎理論を構築するため、哲学者リクールの『他者のような自己自身』を検討する。今年度はとくに、語りを解した他者との相互作用に着目する。語りは自他間の身体的な相互作用として展開する一方で、そこで生み出された自己のイメージがナラティヴ・セルフを形成するという特徴を持つ。この過程について論点を整理し、基礎理論の構築につなげる。 (3)精神病理学チーム:本研究では、精神病理の現象学的な記述を通じて、それとの対比で健常な状態を理解するアプローチを取る。研究対象とするのは引き続き社交不安障害である。この病理は、赤面や震えなどの身体症状をともなう一方で、否定的な自己イメージにもとづくナラティヴをともなう。当事者の語りに沿ってこの点を検討することで、身体性とナラティヴの連続性を具体的に理解することを試みる。
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Research Products
(22 results)