2020 Fiscal Year Research-status Report
ビザンティン写本挿絵に見られる註解的機能の分析―聖堂装飾との関連において
Project/Area Number |
20K12857
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Research Institution | Saitama University |
Principal Investigator |
辻 絵理子 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 准教授 (40727781)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ビザンティン美術 / 写本挿絵 / イメージとテキスト / 詩篇 / 聖堂装飾 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究計画は、ヴァティカン図書館ギリシア語写本1927番(以降、「1927番」)を中心に、現存する写本の図像、及び聖堂装飾プログラムとの関連性を分析するものである。同写本は、旧約聖書の詩篇を本文とし、各詩篇本文のタイトルの前にコラム幅の挿絵を描く形式を持つ。これと同じ形式を持つ作例が現存しないため、挿絵の数が多く特殊であり、所蔵図書館においても貴重書に指定されているものの、この写本自体を取り上げる総合的な研究は行われてこなかった。本研究計画はこの写本の全体像を詳らかにするだけでなく、写本挿絵と聖堂装飾という、ジャンルを超えた図像の比較検討を行うことを最終的な目標のひとつとしているが、研究計画初年度である2020年度については、まず1927番の全ての挿絵を、挿絵の中や周囲に書き込まれた銘文と共に、対応する本文と図像の選択、レイアウトの検討を行うことから始めた。その際、単純に1927番の細部を記述していくのではなく、比較対象として余白詩篇と呼ばれる詩篇写本の挿絵を取り上げている。余白詩篇は詩篇本文に対し、様々な典拠に基づく挿絵を余白に描きこむことで「絵による註釈」とも呼ばれる機能を持つ、複雑な構造を持つ写本群である。ビザンティン世界における詩篇写本の挿絵の系統として、全頁大の挿絵を持つ貴族詩篇と、余白に本文と複雑に関連付けられた挿絵を描く余白詩篇のふたつが挙げられる。残念ながら1927番の類例は現存しないものの、扉絵としての機能を持つ大きな挿絵ではなく、本文と細かく密接に結びついた挿絵を有する余白詩篇との比較を行うことで、共通点や相違点などから1927番の制作の実態の一部を窺うことが可能になると考えられる。特に同じ詩篇に描かれた挿絵の差異を比較することで、恐らく近しい環境で制作された異なる詩篇写本の図像選択や本文との神学的関連性が明らかになると思われる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究課題初年度である2020年については、研究成果の一部について論文を投稿し、会場とzoom配信を併用した口頭発表も行ったが、感染症に伴う渡航の制限やロックダウン等により、予定していた海外における現地調査(ヴァティカン図書館をはじめとする海外図書館写本室におけるオリジナル調査、ギリシア、トルコ等における聖堂調査)については、一切行うことが出来なかった。これについては翌年度以降も継続する問題であり、個人の努力で変えられるものではない。大変不本意ではあるものの、現状に変化が訪れない限り、現地調査を前提とした本研究計画を当初の予定通りに完遂することがほとんど不可能であることは明らかだ。これについては、適切な選択肢がないため進捗状況の区分では(3)の「やや遅れている」を選ぶことになったが、個人的な研究計画の遅れではなく社会の問題であるので、引き続き情勢を注視しながら、この状況でも行えることを可能な範囲で進めていくほかはないと考えている。 そのような状況の中で発表した論文と口頭発表については、初年度として基礎的な部分を固め始めることはできたと思われる。これまで精緻な検討が行われていなかった写本の全ての挿絵と本文の関係、及び同じ箇所に挿絵を有する詩篇写本の構成を比較検討し、地道に記述していく作業については、紙幅の制限から一本の論文にまとめることは困難であるため、今後も継続して、全ての該当箇所を終えることを本研究計画期間中の目標とする。研究において不可欠であるものの、膨大な文字数となり、どうしても続き物となってしまう論文を発表できる場所は非常に限られるが、運よく所属機関の紀要で受け入れられたため、得られたデータや知見をまとめ、オンラインで公開することが可能になった。順次公開していく所存である。
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Strategy for Future Research Activity |
少なくとも現時点において海外における調査の見通しが一切立てられない以上、引き続き国内に留まりながら可能な研究を進め、再び現地調査を行うことが可能になった時に備えていくほかはない。この点について、前年度において唯一良かったと思われるのは、調査に関わる負担が一切かからなかった分、古書価がついて流通もほとんどなくなっている、古く刊行数が少ない研究書の一部を、幸運にも適正と思われる価格で手に入れることが出来たことである。そのため本年度も引き続き同様に、極力適切な価格で状態の良い参考文献の入手に努めていく。大学図書館が所蔵しない専門書や参考文献を確保することは、研究代表者が用いることはもちろん、関連、隣接する分野の研究を志す大学院生にも寄与するところが大きいだろう。 国内における研究計画の推進において不幸中の幸いであったのは、近年各国の図書館や美術館がオンライン上にカラー図版を公開する機運が高まっていたことである。昨今の状況を受けて美術館の所蔵作品が多く公開されたことはよく知られているが、図書館写本室の貴重書については、数年前から少しずつ公開が進んでいた。この状況下で優先されるとは思われないので、事前に公開されていたことは実に幸いであった。オリジナルを実見しなければ判り得ないことももちろんあるが、少なくとも写本の構成、本文、挿絵の細部やかすれて剥落してしまった銘文などは、モノクロの写真よりも遥かに詳しく確認することが可能である。国内に留まる間は、参考文献を収集し検討しつつ、各写本の挿絵や銘文、写本の構成を突き合わせて比較検討を続け、まとめていく作業を続けていきたい。地道で不可欠な作業であるため、まとまった時間を割けることは望ましいと言える。あとは聖堂調査を予定している研究年度までに、少しでもこの状況が改善されることを願うばかりである。
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Research Products
(2 results)