2020 Fiscal Year Research-status Report
動詞から受身標識への文法化における規則性:多言語調査とコーパス調査を通して
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20K13013
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Research Institution | Kanagawa University |
Principal Investigator |
夏 海燕 神奈川大学, 外国語学部, 准教授 (80727933)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 受身標識 / 意味変化・意味拡張 / 「てくる」 / 話者領域 / 不快感 |
Outline of Annual Research Achievements |
多くの言語において、同じ出来事を表すのに、「先生が太郎を呼んだ」「太郎が先生に呼ばれた」のような能動態と受動態の対立が見られる。前者は無標であるのに対して、後者は「レル/ラレル」など、何らかの標識を持つ有標形式で現れることが多い。本研究ではこのような受身を表す標識に着目し、特に動詞から受身標識への文法化(自立性を持つ内容語が機能語になる変化)における意味変化の規則性を探る。2020年度では主に以下の研究を実施した。
①中国語受身標識(「見」「被」「吃」「着」など)の通時的データの収集・分析:北京大学漢語語言研究センターの古代中国語コーパスを中心に通時的言語データを集め、<主語向けの移動>から<主語に向けての移動から受身へ>へ、という意味変化の方向性を検討した。
②Shibatani(2003、2006)、住田(2006、2011)、古賀(2008)、澤田(2009)などの先行研究において日本語の「てくる」と受身文の関係について論じられている。本研究では、「てくる」の「逆行態標識(inverse marker)」または「行為の方向づけ」と言われている機能に着目し、なぜこれらの「てくる」に〈不快感〉(〈被害性〉や〈嫌悪性〉)の意味が生じるのかについて議論し、「話者の予想外の行為」及び「話者領域の侵害」という2点が〈不快感〉の意味が生じる主な原因だと分析した。また、「てくる」における<話者領域向けの移動>から<不快な経験>へ、着点動作主動詞の<主語向けの移動>から<不快感>へという両者の意味拡張を合わせて検討することで、より一般的な意味変化の方向性の解明を試みた。これらの研究成果は国立国語研究所シンポジウムProsody & Grammar Festa 5で口頭発表、また学術雑誌『認知言語学論考』への投稿を行った(採用決定済み)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度及び2021年度は共時的多言語調査を行う予定であったが、新型コロナウィルスの影響で、海外での言語調査が計画通りに行えず、スケジュールを調整し、2021度に予定されていた日本語の直示動詞、特にCOME直示動詞類動詞及び補助動詞としての「てくる」の考察を行った。また最終年度に予定されていた中国語受身標識の通時的データの収集・分析を行い、動詞から受身標識及び語彙的受身動詞への意味変化に見られる具体的なプロセスを確認するとともに受身標識と語彙的受身動詞の継続性・平行性を考察した。
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Strategy for Future Research Activity |
ドイツ語、スウェーデン語などの母語話者を対象に調査を行う予定であるが、今年度も現地調査が困難になった場合、遠隔での調査ができるように更なる工夫をする予定である。 また、先行研究において、「てくる」と受身の関係が指摘されているが、着点動作主動詞のほうも、「誤解を招く」=「誤解される」のように、能動態を取りつつ、受動態との平行性を持つ。中国語、韓国語など一部の言語においても着点動作主動詞と受身文との平行性、さらに着点動作主動詞から受身標識への文法化が見られる。「てくる」と着点動作主動詞に見られるこのような類似点は受身文の本質の解明の手がかりになるのではないかと考え、合わせて今年度の課題とする。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの影響で、海外での言語調査・学会発表ができず、旅費と謝礼の支出が予定より少なかったためである。次年度に物品費に使用する予定である。
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