2021 Fiscal Year Research-status Report
Research on "Introspective Altruism" as the identity of people in the world, with a view to its implementation.
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20K20410
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Research Institution | Ryukoku University |
Principal Investigator |
中谷 英明 龍谷大学, 公私立大学の部局等, 研究員 (20140395)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
入澤 崇 龍谷大学, 文学部, 教授 (10223356)
末木 文美士 国際日本文化研究センター, 研究部, 名誉教授 (90114511)
佐伯 啓思 京都大学, こころの未来研究センター, 特任教授 (10131682)
新宮 一成 奈良大学, その他部局等, 特別研究員 (20144404)
市川 裕 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 名誉教授 (20223084)
村井 俊哉 京都大学, 医学研究科, 教授 (30335286)
小野塚 知二 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 教授 (40194609)
伊東 貴之 国際日本文化研究センター, 研究部, 教授 (20251499)
池内 恵 東京大学, 先端科学技術研究センター, 教授 (40390702)
久松 英二 龍谷大学, 国際学部, 教授 (90257642)
清水 耕介 龍谷大学, 国際学部, 教授 (70310703)
嵩 満也 龍谷大学, 国際学部, 教授 (40280028)
熊谷 誠慈 京都大学, こころの未来研究センター, 准教授 (80614114)
山本 真也 京都大学, 高等研究院, 准教授 (40585767)
舟橋 健太 龍谷大学, 社会学部, 准教授 (90510488)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 自省 / 利他 / 利己心 / 涅槃 / 潜在意識 / 認識論 / Atthakavagga / Suttanipata |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は「自省」と「利他」という2原理に拠る「自省利他」思想の解明と、その社会への実装方法の探求である。「自省利他」思想は、ブッダ自身が残した唯一の仏教詩篇Atthaka-vagga(Suttanipata第4章、以下Av)が記述する、神仏等の絶対的存在を認めない哲学である。 2021年度における発見は次の通り。1)atthaka-「八支」という名がRigveda(以下RV)以来のVeda聖典の詩節配列法に由来し、パーリ聖典中Avのみがその配列法を採用する。2)RV以来の音節韻律は1行の行頭・行末の1音節が任意のため、1行は2ないし3個の3音節単位から成り、各単位の長・短両音節の組み合わせ8種の量的推移の計測によって千有余年間一貫した方向への韻律発展が辿られる。これによってAvの韻律はRV(前13世紀)からMahabharata(前2~後2世紀)に至る韻律史中に正確に位置づけられる。3)Avの認識の5様態分析は、①認識の生成過程、②乳児以来の心の発達過程、の両過程に対応する。4)その第1様態のpapanca-samkhaは「喃語とも呼ぶべきもの」と解され、乳児の単純な欲求の比喩であり、RVの宇宙開闢讃歌以来の認識論の伝統を踏まえる。5)継続的利己心払拭であるnibbana(涅槃)が養う利他の心は、自と他という二元を意識した時消滅するという「自己言及の矛盾」を孕むとAvは指摘する。これがAvが利他や慈悲を一切説かない理由である。6)Avは文化、科学、哲学、信仰が幻想であると説く。それは人は常に利己心の支配下にあるからである。この自覚に立って利他の心の涵養に努めることが「自省利他」である。7)自身の利己心常在を自覚してnibbanaに努めるという「自省利他」を自由や平等のごとく世界共通の価値とするならば、戦争を回避し人々の安寧が実現されるであろう。今後この発見を追求したい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年7月から開始した本科研は、ただちに研究参画者16名のメーリングリストを立ち上げ、同年8月には第1回研究会を龍谷大学で開催して共同研究を開始した。しかし2020年3月開催予定であった国際シンポジウムは、新型コロナ蔓延によって2023年2月まで延期を余儀なくされ、以後、Zoomによる全体会議、個別研究打合せを実施して、主としてオンライン共同研究を遂行してきた。コロナによってオンライン会議が普及したことは、16名が参加する本科研では、全体会議、個別打合せとも、参加者の日程調整が容易となったという利点はあった。 しかし他方では、上記の通り当初予定の国際シンポジウム開催が2年連続して見送りとなったほか、予定していたインド、東南アジア、中国での現地調査や研究会を実施できなかったことは痛手であった。 しかし、本年度は上記「研究実績の概要」にその一端を述べたとおり、Atthakavagga(以下Av)が他のすべてのパーリ聖典とは一線を画する古い諸特徴(詩節配列法、韻律)を有する事実や、謎であったpapancaやvibhuta-sanni(Sn874)の意味確定、ブッダが文化、科学、哲学、信仰が幻想であると説く事実の発見とその意味の推定、nibbana(潜在利己心の不断の払拭)の立場とその言語化との矛盾的関係(自己言及のパラドックス)の解明、それとAvが慈悲・利他等を一切説かないことの関係、自身に潜在利己心が常在するという自覚を共有することが戦争や対立を回避する可能性の発見等、文献研究に専念した結果として現れた成果も小さくはなかった。またオンライン研究会議・研究打合せを通じて、分担者よりそれぞれの研究課題と遂行予定が提示され、研究の方向が定まったことも成果と言える。 以上、正負の両面を考慮すれば「やや遅れている」と言える。
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Strategy for Future Research Activity |
情報工学と遺伝子工学に代表される最新の科学技術や、直近のコロナ禍やウクライナ戦争等の不測の事態等がもたらしている世界の大変容は、人々の新しい行動原理とそれに基づく新世界システムの構築の必要性をいよいよ明確にしつつある。 利他は古来、諸宗教、諸思想が説くところであるが、現代まで宗教、文化、国家、民族等の枠を超えた利他はグローバルには実現していない。例えばスミス『道徳感情論』は個人、国家、人類への愛ではなく、神の命令のみを行動原理とすべきと言う。しかしそれでは異教徒との衝突を避け得ない。ソクラテスは善く生きることは吟味を行うことであると言う。これは行く先を定め難く、現にプラトンはイデアを、アリストテレスは中庸を原理として提案せざるを得なかった。孔子は礼の行為が恕の心を育むとしたが、家や国家を超えた普遍的原理を確定し難い面があった。 「自省利他」思想のパラメータは3つある。1)「自己における無自覚の利己心」の常在の自覚とその払拭(ニッバーナと言う)。2)利己心払拭の長期継続による「利他の心」の涵養。3)「利他の心」によって生きること、すなわち世界の客観的認識とよりよい社会を構想し、それを構築することへの貢献。 「自省利他」は、先ず、無自覚の利己心常在の自覚という自己否定から出発するから、一切の制限が存在しない。ただしニッバーナは比較的長期間を要する訓練であるため、ブッダはその実践を出家者に託した。しかし現代社会では、とりわけ情報技術の発達により知識は多少とも普遍的に共有され、すべての人が上記の3パラメータを実践し、包括的視野を有する自律的ジェネラリストとなる可能性が開かれている。 本科研は最終年度である次年度において、「自省利他」が与え得る行動原理をさらに具体的に解明することに努め、それを実装するための制度設計の構想を、人文・社会・自然の3科学の研究分担者が共同して遂行することとする。
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Causes of Carryover |
新型コロナ蔓延により、1)インド、タイ等の外国における現地調査・実装実験研究が不可能となった。2)国際シンポジウムの開催ができず、延期となった。3)外国の国際学会に参加・発表ができなかった。以上の理由により次年度使用額が生じた。 2022年度においては、状況が改善し次第、これらを実施する予定である。ただし国際シンポジウムは2023年2月に龍谷大学で開催する準備を開始している。
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