Research Abstract |
平成22年度は,1880年代のスペイン小説に観察される2種類のトポス(書き出しの一定の形式)の内,新しく現れた「トポスB」研究の方向性を定めるため,パルド=バサン(1851-1921)の初期小説8作品(l879-1889)中,初めて主人公が冒頭一行目から固有名で導入され,人物描写が展開する書き出しをもつ第7作『日射病』(1889)に分析対象を絞った。 まず第一に,先行研究で見落とされてきた,本小説の「書物」としての始まりの新しさ-タイトル「日射病」,サブタイトル「愛の物語」,序文の不在(脱稿時期の未記載),献辞「ホセ・ラサロ・ガルディアーノへ友情の証しとして 作者」-に着目し,この意義を明らかにするため,フランスの理論家ジュラール・ジュネットの提唱する概念「パラテクスト」(=「ペリテクスト」+「エピテクスト」)について理解を深めた。二番目に,『日射病』出版時,雑誌や新聞に掲載された書評や作家たちの交わした書簡(エピテクスト)を分析することによって,前述のペリテクストが当時の読者(作家仲間や一般男性読者)に働きかけた「読み」の指令(スキャンダラスな恋愛小説としての)を考察した。第三に,トポスBの本作品における効果の解釈に取り組み,ヒロインを糾弾することによって男性性を顕在化さていく語り手の権威(命名行為)からの解放として読み取った。最後に,こういった本作品の始まり(書物とテクストとしての)の新しさを,当時の男性読者が抱いたに違いない「読み」の打ち負かし-書き出しから〈ヒロインvs語り手〉という二項対立の構図を前景化させた後,ヒロインみずからの「告白」によって彼女のセクシュアリティを顕在化させ,結末でヒロインが〈新しい女〉として幸せを獲得し,(男性的)語り手を打ち負かす-という,作家パルド=バサンが採ったフェミニズム的な語りの戦略として解釈するに至った。 すなわち,本年度の研究をとおして,書き出しの研究において,第一に,書物としての始まり(ペリテクスト)の考察が重要な一翼を担うこと,第二に,ペリテクスト分析によって当時の文壇や一般読者の感性を浮き彫りにすることが可能なことを明らかにし,第三に,これによってフェミニズム的言説の発生といった社会歴史的背景を取り込む道筋を立てることができた。
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