2011 Fiscal Year Annual Research Report
小説の書き出しの研究:スペイン文学におけるトポス生成と変容過程の考察
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21520337
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
大楠 栄三 明治大学, 法学部, 准教授 (80315853)
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Keywords | 外国文学 / スペイン / 小説 / 19世紀 / 書き出し / 女性作家 / フェミニズム / 社会階級 |
Research Abstract |
1.パルド=バサン(1851-1921)の小説第8作『郷愁』Morrina(1889)の分析と結果の発表・公刊 『郷愁』は従来,若い男女の「愛の物語」として一義的に解釈され,パルド=バサンの小説中でもっとも低い評価を受けてきた。しかし,本書の周縁部をめぐる考察を通して,これまでの読みの表層性を暴き,女性の一モデル<家庭の天使>の創出を示唆した。その上で,19世紀末スペインに台頭したブルジョワ女性読者におもねながらも,ブルジョワジーへの批判的な眼差しを欠かすことのない作者の姿勢を読み取った。この読みは以下の4つの考察にもとづく― (1)書き出しは19世紀末マドリードにおける都市ブルジョワジーの実態を示す指標に満ちており,これに着目したとき,ブルジョワジー一家における<未亡人と一人息子>という<母性愛>の物語が見えてくる。 (2)タイトル「郷愁」ばかりが関心を集め,サブタイトル「愛の物語」は軽視され,同じサブタイトルを共有する前作『日射病』との連関が軽んじられてきた。だが,<三角関係の物語>と,主要な作中人物が<未亡人>という2作品の共通性に注目するとき,<連作>を通して当時のスペイン都市社会に見受けられた2タイプの女性<新しい女>と<家庭の天使>を描き出そうとする作者の企てが顕在化してくる。 (3)本作は一人の女性に捧げられているが,この「献辞」はこれまで一切言及されたことがなく,パルド=バサンの伝記的研究にさえ女性の名を見出すことができない。報告者は当時の新聞に掲載された訃報記事をもとに彼女の素性を突き止め,『郷愁』に登場する母親の設定と同一の,一人息子を持つブルジョワ未亡人であったことを明らかにした。ここから,書き出し一行目に母親を固有名で名指しすることによって,献辞と書き出しという隣接した場に2人のくブルジョワ未亡人>を掲げた作品だということになる。 (4)同時期に執筆された「スペインの女性」"La mujer espanola"(1889)は,作者の思想的傾向を知る上で貴重な資料であるが,これまで解釈に取り込まれて来なかった。本評論から作者の際立ったブルジョワ女性への非難を見出せる。 2.次の連作『あるキリスト教徒の女性』Una cristianaと『試練』La prueba(1890)に関する先行研究・資料の収集
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
主な考察対象である女性作家エミリア・パルド=バサンの初期10年間の小説(1879-1889)の考察を終え,全8作品に関する研究結果を文章化し公刊している。よって,平成24年度から次年度(最終年度)にかけて,1890年出版の連作『あるキリスト教徒の女性』Una cristianaと『試練』La pruebaにおいて生じ,以後ほとんどの作品,後期の代表作『独り者の日記』Memorias de un solteron(1896)にいたる小説に見出せる,<書き出しのトポスの急変>に関する考察に目標を定めて研究を進めることが可能である。
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Strategy for Future Research Activity |
1880年代前半のスペイン小説に観察される書き出しの一定の形式くトポスA>の起源を,スペイン文学史上に探ることより,トポスAの各要素が変容することによって1880年代中葉に現れたかと思うと遍在することになる新しい書き出し<トポスB>が,その後いかに変容するのか,この変容の実相と要因の解明を,当時スペイン社会に広がり始めたフェミニズム的言説と関連づけて進めていこうと考えている。
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Research Products
(4 results)