2021 Fiscal Year Research-status Report
ポストコロニアルの視点から組織する豪州の先住民族主体の教師教育
Project/Area Number |
21K02224
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
前田 耕司 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 教授 (60219269)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ポストコロニアリズム / 先住民族 / アボリジナル / 先住民族の権利宣言 / オーストラリアの教師の専門性基準 / モナシュ大学 / 教師教育 / 文化的に安全で歓迎される環境 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、ポストコロニアリズムにおける社会的公正の観点から、先住民族アボリジナルの主体形成を意図した教師教育(教員養成・現職教育を含む)システムがオーストラリアでどのように構築されているかについて考察を試みた。 オーストラリアでは、国連の「先住民族の権利宣言」承認後の2010年、教師の資質向上を目的とした「オーストラリア教師の専門性基準」が示された。「オーストラリアの教師の専門性基準」においては、先住民族児童・生徒への対応 として、教師の熟達レベルに応じて、教師が身につけるための専門性を示す具体的な到達目標が提示されていた。敷衍すれば、専門性基準では「アボリジナルおよびトレス海峡諸島系民族の生徒を教えるための方法」(重点分野1.4)という項目があり、専門性基準では、「先住民族と非先住民族のオーストラリア人との和解を促進するために、アボリジナルおよびトレス海峡諸島系民族を理解し、リスペクトする」(重点分野2.4)といった指導指針が設定されていた。教師の達成レベルに応じて、必要とされる専門性を具体的に示した指標が個々に定められているのである。例えば、モナシュ大学の学習プログラム(講義)では、そうした枠組みをふまえて学期の前半で「重点分野1.4」に、 また後半の残りの学期で「重点分野2.4」にどのように取り組むかが示され、 具体的な指導方法において効果的かつ共感的な手引きとアドバイスを学生に提供する斬新なアプローチの仕方が提示されていた。そしてこうしたプログラムの文脈の中で行われるチュートリアルの授業では、アボリジナルの人々に対してどのようにリスペクトをもって接するか、また、アボリジナルの児童・生徒にとって文化的に安全で歓迎される環境(教室)を創るにはどうするかなど、より具体的にアボリジナルの子どもと向き合うときの教師の態度や教授法が示されていた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題の進捗状況は、2021年~2022年にかけて上梓された拙稿で研究成果の中間報告を行っており、以下はこれまでの研究成果の中間報告的意味合いをもつ拙稿である。1つは、拙稿(2021)「日豪における先住民族コミュニティ諸語の継承と復興のプロローグ―ポストコロニアリズムの射程―」『コミュニティの創造と国際教育』(日本国際教育学会創立30周年記念論集)明石書店,pp24-44.、2つは、Anderson, P. Maeda, K., Diamond, M. Zane, and Sato, C. (eds.) (2021) "Post-Imperial Perspectives on Indigenous Education: Lessons from Japan and Australia", London and New York: Routledge,pp.1-268. 3つは、拙稿「ポストコロニアルの視点から組織するオーストラリアの先住民族主体の教師教育」『学習社会研究』第4号、日本学習社会学会、pp.86-105.これらの研究成果は、「オーストラリアの教師の専門性基準」で規定されるアボリジナルの文化的アイデンティティや言語的背景に関する知識の習得や理解を深める段階とされる「学士レベル」(Graduate)、すなわち教員養成段階における検証結果の報告である。しかしながら、オーストラリアの大学の教育学部で学んだ教育実習生や教師が「西洋的な価値を内面化している児童がいる教室環境でアボリジナル児童・生徒を受け入れる文化的に安全な環境をどのように創り出していくのか」という視点に基づく授業が学校でどのように展開されているのか、実証的分析を行うことができなかった。コロナ禍におけるオーストラリア入国禁止により、現地における実態調査が行うことができなかったことが主たる要因である。
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Strategy for Future Research Activity |
モナシュ大学の学習プログラム(チュートリアルの授業)では、アボリジナルの人々に対してどのようにリスペクトをもって接するか、また、アボリジナルの児童・生徒にとって文化的に安全で歓迎される環境(教室)を創るにはどうするかなど、より具体的にアボリジナルの子どもと向き合うときの教師の態度や教授法が示されていた。 今年度の研究課題としては、「オーストラリアの教師の専門性基準」で規定される「学士レベル」としての教員養成段階をふまえて、アボリジナルに関する知識や理解を深める効果的な教授法を実践する段階とされる「熟練レベル」(Proficient)、次にそのような効果的な教授法が実践できるよう同僚に助言および支援を行う段階とされる「完成レベル」(Highly Accomplished)、そしてアボリジナル・コミュニティの代表や保護者と協働してアボリジナル児童・生徒を適切に支援する教授プログラムを開発する段階とされる「指導レベル」(Lead)の4つのキャリアステージに関する実態調査の必要が求められる。 モナシュ大学等、オーストラリアの大学の教育学部で学んだ教育実習生や教師が「西洋的な価値を内面化している児童・生徒がいる教室環境でアボリジナル児童・生徒を受け入れる文化的に安全な環境をどのように創り出していくのか」という視点に基づく授業がどのように展開しているのか、実証的分析も行う必要があろう。また昨年度は、コロナ禍による入国禁止措置により、教員の現職研修がどのようにポストコロニアルの視点から整備されているのかについても調査することができなかった。 オーストラリアでは5年ごとに20時間の教員免許更新で教員の質保証と教員の力量形成を目的にワークショップやセミナーなどを通して専門的な学習を行うことが義務づけられている。この点の検証については、今後の研究課題である。
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Causes of Carryover |
モナシュ大学等、オーストラリアの大学の教育学部で学んだ教育実習生や教師が「西洋的な価値を内面化している児童がいる教室環境でアボリジナル児童・生徒を受け入れる文化的に安全な環境をどのように創り出していくのか」という視点に基づく授業がどのように展開されているのかについて調査する計画を企画していたが、コロナ禍におけるオーストラリア入国禁止により、現地における実態調査に基づく実証的分析をこれまで行うことができなかった。次年度は、そうした調査に加えて、教員の現職研修がどのようにポストコロニアルの視点から整備されているのかについて、北部準州や西オーストラリア州の遠隔地のコミュニティ・スクールにおいて参与観察など質的調査による実証的分析を行う。とくに西オーストラリア州は、アボリジナル・コミュニティの代表を現職研修の主体に位置づけて、「オーストラリアの教師の専門性基準」の「指導レベル」(Lead )のキャリアステージを意図した教員の再教育を行っている点で注目できる。
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Remarks |
Anderson, P. Maeda, K., Diamond, M. Zane, and Sato, C. (eds.) (2021) Post-Imperial Perspectives on Indigenous Education: Lessons from Japan and Australia, London and New York: Routledge,pp.1-268.の日本語訳
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