2023 Fiscal Year Research-status Report
腫瘍細胞の上皮間葉転換におけるエピゲノム・エピトランスクリプトーム制御
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22K06880
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Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
鈴木 健之 金沢大学, がん進展制御研究所, 教授 (30262075)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | がん遺伝子 / エピジェネティクス / エピトランスクリプトーム |
Outline of Annual Research Achievements |
悪性腫瘍の転移メカニズムの解明は、がん治療の大きな課題である。従来の研究から、腫瘍細胞の上皮間葉転換(EMT:上皮細胞が細胞間接着能を喪失し、運動性の高い間葉系細胞へと性質が変化する現象)が転移の引き金になると考えられている。腫瘍細胞は、転移先では逆の反応、間葉上皮転換(MET)を起こして生着することから、EMTの可逆的性質が転移プロセスに極めて重要である。そのため、遺伝子発現の可逆的な調節に関与するエピゲノム・エピトランスクリプトーム制御が、EMTにおいて重要な役割を担っていることが示唆されてきた。これまでに申請者らは、TGF-beta刺激でEMTが誘導される悪性進展モデル腫瘍細胞(肺がん細胞A549, LC2/Ad、膵がん細胞Panc1など)を用いて、ヒストンのメチル化修飾及びユビキチン化修飾、非コードRNA(microRNA、long noncoding RNA: lncRNA)の機能、RNAのA塩基のメチル化(m6A)修飾などが、EMTを導く遺伝子発現プログラムに必須であることを示してきた。しかし、研究は緒についたばかりであり、依然としてEMTを誘導する分子メカニズムには不明な点が多い。また、EMTの可逆的性質に着目し、それを標的としてEMT進行を阻害する手法を確立できれば、がん転移を抑制できる可能性がある。以上の背景を踏まえて、申請者は腫瘍細胞の上皮間葉転換(EMT)の可逆的性質を担う分子基盤を明らかにするために、エピゲノム・エピトランスクリプトーム制御の観点から、これを解析している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
転移過程では、腫瘍細胞の性質が可逆的に変化することが重要と考えられている。がん悪性進展の際のエピジェネティック制御の重要性を調べるために、エピジェネティック制御因子sgRNAライブラリーを用いてCRISPR/Cas9スクリーニングを行った結果、ヒストンH3K4メチル化酵素COMPASS複合体のコア因子ASH2Lを含む複数のエピジェネティック制御因子が同定された。最も悪性度の高いトリプルネガティブ型乳がん細胞を用いたノックダウン実験から、ASH2Lが乳がん細胞の細胞運動・浸潤能やスフィア形成能に寄与すること、ASH2LのゲノムDNA及びCOMPASS構成因子との結合がその機能に重要であることが示された。次にASH2L標的遺伝子を同定するためにマイクロアレイ解析を行った結果、 免疫・炎症に関係する複数の候補遺伝子の発現調節が確認された。代表的な炎症性サイトカインIL1Bに注目してクロマチン免疫沈降実験を行ったところ、内在性ASH2LはIL1B遺伝子プロモーター上に直接リクルートしH3K4me3修飾に関与することがわかった。すなわちASH2Lは、トリプルネガティブ型乳がんサブタイプにおいて、免疫・炎症関連遺伝子のH3K4メチル化修飾と遺伝子発現を調節することによって乳がん悪性化に関与する可能性が示された。
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Strategy for Future Research Activity |
ヒストンのH3K4me3修飾分布は、細胞の特異性を決定する重要な遺伝子座の目印となりうることが報告されている。私たちはこれに注目して、EMT誘導後にH3K4me3修飾範囲が拡大する遺伝子の中からEMT制御転写因子の候補を探索し、SNAILやSLUGなど既知のEMT転写因子に加えて、新しい転写因子を同定した。現在、この因子の機能解析を進行しているが、この因子は他の因子との複合体形成を介して、EMTの進行以外にもDNA修復経路への関与が示唆されている。今後はさらに、がん悪性化過程における役割を詳細に理解し、がん治療の新たな標的としての可能性を探求したい。 また、エピトランスクリプトーム制御については、関与する分子や作用機序が近年明らかになりつつある発展的分野である。正常細胞と腫瘍細胞での比較の報告から臨床的重要性が注目されており、がんの悪性進展における役割の解明が今後の課題となる。私たちは、RNAのm6Aメチル化修飾がEMT進行過程で有意に増加し、それを担うMETTL3酵素がEMT誘導に必須であるという自らの実験結果から、EMTプロセスにおけるエピトランスクリプトーム制御の重要性を認識し、これに取り組んでいる。EMTにおけるエピトランスクリプトーム制御は国内外でまだあまり解析が進んでおらず、m6Aメチル化修飾Reader分子の機能解析については、既に標的mRNAを同定している点で競争優位性が高いと判断する。今後、可逆性を特徴とするEMTの分子メカニズムを解明し、それを標的とするがん転移抑制戦略の確立に貢献したいと考える。
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