2011 Fiscal Year Research-status Report
協同的一妻多夫魚や血縁型共同繁殖魚の高度な社会の維持機構とその行動基盤の解明
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23570033
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Research Institution | Osaka City University |
Principal Investigator |
幸田 正典 大阪市立大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (70192052)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 個体認識 / 比較認知科学 / 自我意識 / 鏡像認知 / 社会知性仮説 / 意図的騙し / 記憶 / 学習 |
Research Abstract |
23年度は,大阪市立大学での実験室で予定していたすべての実験を実施した。推移的推察については,カワスズメ科魚トランスを用いて行ったところ,本種が推移的推察を行えることが確認された。これは魚類では始めての事例であり,魚類での高い認知能力が示された。 この他に,優劣関係を各個体がどの程度記憶しているのかという,「短期記憶」実験も行った。その結果,ほぼ5日間は相手と優劣関係を記憶している事が示された。動物の記憶に関する研究は,これまでほとんどなく,特に魚類ではまったくなく,その研究の意義は大きい。 また,ブリシャージを用いた個体認識の行動基盤についてもほぼ明らかになった。本種をはじめ協同繁殖魚には顔面に変異のある色彩模様が発達している種が多い。デジタル映像とそれを加工映像を提示した実験から,本種は,顔の模様を認識し,それにより他個体を個体識別していることが示された。これは魚類の個体識別での始めての事例である。また,独自に作製した装置を使い,実験魚がモデルの顔に注目している事も示された。ほ乳類や鳥類での視覚による個体認識は顔を用いていることが知られており,この傾向は脊椎動物の祖先から生じたのか,高い社会性に応じて独立に進化したのか,今後の検討が待たれる。 ホンソメワケベラを用いた鏡像認知実験では,きわめて興味深い結果が得られた。鏡を見せられた個体は1-3日間他個体と見なすが,同時に各個体独特な「探索行動」を示す。それが2-4日目に見られた後,個体は鏡像をまったく無視するようになる。この段階でマークテストを実施すると,個体はマークを確認しやすい姿勢を鏡の前で有意に頻繁にとるようになった。さらに,マークの位置を水槽の底の砂にこすりつける行動が観察された。これはマークテスト以前には殆ど見られない行動であり,本種は鏡像認知ができる事を強く示唆している。この発見は,驚愕すべき成果といえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究では,水槽で飼育した魚類を用い,カワスズメ科魚類をはじめ高い社会性の魚類の知性や認知能力に関する行動実験を行う事を目標としている。テーマとして,協同繁殖魚の雌による雄の父性認識の操作,順位制の発達した魚類での推移的推察,個体識別様式,記憶,さらには魚類での鏡像認知にかんする研究である。 父性操作に関する研究では,まず雄が産卵時の放精行動の頻度に依存して父性を認識しているらしい事,ペアの雌に比べ一妻多夫の雌は「擬似産卵」を多く行位,その際も雄は放精行動を行う事が明らかになった。このことから,擬似産卵によって雌は雄の父性認識をしている可能性が強く示唆された。 また,個体がA>BかつB>CからA>Cを導くような推移的推察の能力を魚が持つ事も示された。また顔に種特異的かつ個体変異のある模様の発達したブリチャージを用いた,個体認識実験では,本種は顔の模様を用いて個体認知を行っている事が明瞭に示された。これら2テーマについては,行動分析をほぼ終え,現在投稿論文の準備を行っている。これらはいずれも,魚類ではまったく始めての研究成果である。 また,鏡像認知について掃除共生魚であるホンソメワケベラを材料に実験を行った所,マークをした個体は,自分の体にマークがついている事を認識できる事が確認された。この鏡像認知は,社会性のほ乳類の一部,鳥類のカササギなどわずかな動物種でしか確認されていない。我々も魚類の鏡像認知を確信していた訳ではな区,また世界中の研究者で魚類の鏡像認知は誰も予想だにしていない。この我々の発見は,これまで認知能力が低いと思われている魚類には,予想以上に高次な認知能力が備わっている可能性を示唆するものである。 このように,多くの課題テーマが昨年はほぼ実施で気,さらに後述するような新たな課題も新たに見いだされ他。このように,十分な成果が上がってきた。
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Strategy for Future Research Activity |
前述したように,初年度は十分な成果があがった。さらにそれぞれの実験課題については,実験例数の確保やさらに発展すべく新たな課題を実施して行きたい。魚類の個体数の拡充や新たな魚種の追加も検討しており,それにともない実験室の拡張も視野に入れている。 概ねは,初年度の研究内容を継続発展させ実施して行く。実験量は卒業研究や修士論文の課題研究,さらには特任講師の先生にも実験を依頼し,発展させて行く。大きくは社会的知性仮説の検証ということでくくることができる。これらの成果により,これまで認知能力が低いと考えられてきた魚類にも,高い社会性の魚類の認知能力は他の脊椎動物と大差なく発達している事を示して行く。 また,いくつかの魚種については,野外観察および野外実験も検討している。ホンソメワケベラは四国南岸での野外調査,さらにタンガニイカ湖のカワスズメについても,場合によっては野外観察を行う事も検討している。タンガニイカ湖では新たにブッシェリーを観察したいと考えている。これは,昨年の同湖での研究で特異的な協同繁殖である可能性が示唆されており,今後の水槽飼育観察での基礎情報ともなる。 また社会脳仮説にも言及して行きたい。すなわち,認知能力の高い魚種とそうでない魚種での脳のサイズは内部構造も検討して行きたいと考えている。全体として,社会性の高い魚類の認知能力はこれまで考えられて北以上に高い事を示したいと考えている。このため,水槽飼育実験と野外での観察及び実験を組み合わせて,諸仮説を立て,検証して行きたいと考えている。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
24年度には,それぞれの研究課題の研究を実施して行く。まずは,協同的一妻多夫魚の雌が雄の父性認識の操作についての確認実験を行う。昨年の研究から,雄は擬似産卵の際でも精子の放出を行っている事,つまり雌によって完全に騙されている事を検証する。さらには繁殖未経験雌を用いて,雌のこの騙しが生得的な傾向が強いのか,どの程度学習の影響があるのかを検証して行く。もし,学習の効果が大きいなら,雌はこの騙しの意味を理解して行っている可能性が出てくる。もしそうなら,研究例の少ない「意図的騙し」である可能性があり,それは魚類でも画期的な発見となる。 また,個体認識機構のテーマを発展させた課題として,顔模様の認識能力,学習能力についてオペラント条件付けを用いた実験を行う。我々は,種特異的な顔の学習がその他の刺激よりも早い事を予想している。これは,ヒトの顔認識神経系にもとずく顔認知と比較できるものになるかもしれない。また,社会性脊椎動物で視覚によって個体識別している動物では,顔の認識とそのための特別な神経系が発達している事が知られている,魚類で,このような神経系が確認されれば,ほ乳類だけではなく脊椎動物に広汎に見られる現象である可能性もあり,今後の大きな展開も期待できる。 さらにホンソメワケベラを用いた鏡像認知については,さまざまな実験を計画しており,それら実験を行って行きたいと考えている。いずれにせよ,本種の鏡像認知は画期的な発見であり,いくつもの実験を同時並行でどんどんと薦めたいと考えている。24年度で,本種の鏡像認知実験は公表論文としては,5本ほどを予定している。 また,高い認知能力が予想されるため,鏡像認知以外の認知能力確認の実験も行って行く。本種については,野外での行動観察,とくに本種と掃除をされる種との利害の対立の問題として,研究したいと考えている。
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