2011 Fiscal Year Research-status Report
静電型イオン貯蔵リングによる生体分子ー電子・光子衝突研究の新たな展開
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23600014
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Research Institution | High Energy Accelerator Research Organization |
Principal Investigator |
田辺 徹美 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, その他部局等, 名誉教授 (20013394)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 生体分子イオンビーム / 光解離 / 電子捕獲解離 |
Research Abstract |
イオン-光子の衝突実験では、イオンをトラップに 0.5~2 秒間貯蔵することによって励起状態が緩和し、吸収のスペクトル幅も狭くなることが最近の我々の研究でわかった。しかし、イオントラップでの貯蔵はイオン源から連続して入射されるビームを蓄積貯蔵するので、入射のタイミングによって貯蔵時間が異なる。また、イオントラップ内の真空度は必ずしも良くないので再励起の可能性がある。そこで、超高真空の静電リングにイオンを蓄えて脱励起させれば、より明確な脱励起になるはずである。そのためには10 Hz のレーザー発光を機械的なシャッターで遮って、ビーム貯蔵中はシャッターを閉じて光が当たらないようにする必要がある。この装置を設置した後、イオンをリングで貯蔵した場合とトラップで貯蔵した場合との比較をした。 Fluorescein は蛍光色素として古くから知られていて、液相における光吸収の研究は精力的に行われてきた。一方、気相(真空中)での吸収実験は極めて少ない。特に一価負イオンについては2つの互変異性体の存在が理論的に知られているが実験データは極めて不十分であった。まず、Electrospray イオン源で一価負イオンを生成し、トラップに貯蔵後、出射、加速し、質量を選別した後静電型イオン貯蔵リングに入射した。リング内で一定時間貯蔵した後、波長可変のレーザービームを照射し、光吸収解離で生成された中性粒子を検出した。その結果、リングでの貯蔵時間を変えると中性粒子の時間スペクトルおよび波長スペクトルが大きく変わることを発見した。貯蔵時間が短い場合には2つの分子、また貯蔵時間が長い場合は1つの分子構造になることがわかった。解析の結果、貯蔵によって分子構造が変化(interconversion)したものと推定される。 この研究成果は国内外の学会等で発表すると共に論文にまとめて学会誌に投稿中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
3月11日の東日本大震災で実験室のいくつかの装置が倒壊、破損した。このために装置の生命とも言うべき超高真空槽の真空が劣化した。これを元の状態に戻すために長期間の真空槽の加熱脱ガスを行った。その結果、夏頃までに復旧させることができ、リングの真空度が10-11 Torr 台に達した。その後、直ちにイオン-光子の衝突実験に取りかかり、装置を順調に稼働させることができたので、上に述べた成果をあげることができた。ただし、イオン-電子衝突の実験を行うだけの時間的余裕がなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
分子イオンによるレーザー光の吸収解離実験では、分子イオンをイオン貯蔵リングに秒オーダーの長い時間貯蔵すると互変異性体の構造が真空中で変るという新事実を発見した。気相での分子の光吸収の実験は極めて少ないので、いくつかの代表的な分子を選んで今後もこの研究をさらに推進する。たとえば、Orange はやはり2つの互変異性体からなるが、液相と気相では安定性が異なると考えられる。液相の分子が真空中に入った場合の変化を測定し、その結果から真空中での分子転換のメカニズムを研究する。さらに Orange は光を吸収すると構造が変わる光異性の性質があるのでこれらの真空中での転換を観測する。 イオン-電子の衝突実験は、これまで電子エネルギーが 1-100 eV の比較的高いエネルギーで行ってきた。今後は、より低い 0.1-1 eV の領域での研究の可能性を追求する。正の分子イオンによる電子捕獲解離の低速領域での実験はデータが少く重要である。 研究成果は国内外の学会等で発表すると共に論文にまとめて学会誌に投稿する。この課題は物理学、化学、生物学、放射線損傷など多くの分野にまたがる研究なので、国内外の当該研究者との交流を深め国際的な協力の下で研究を進める。以上の実験は田辺が中心となり、実験計画、装置製作、実験およびデータ解析、研究発表には随時連携研究者が参加して協力しながら進める。以下に連携研究者の所属機関・氏名・役割分担を掲げる。「連携研究者」京都府立大学・斉藤 学・レーザー調整、検出器回路系調整、データ取得解析、研究発表、独立行政法人放射線医学総合研究所・野田耕司・リングおよび電子標的の調整、データ取得解析、研究発表
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
東日本大震災のため、装置の修理、回復に時間がかかり、その間研究を行うことができなかった。そのために未使用の研究費が発生した。 次年度は分子イオンによるレーザー光の吸収解離実験を中心に研究を進める予定である。したがって分子イオンの購入費が必要である。また、レーザーの使用頻度が増えるとランプ交換や光学系の調整、レンズやミラーの交換などが必要となる。したがって、レーザーの調整などで研究費を使用する。また、低速でのイオン-電子衝突の実験も準備はできているので次年度試みる。 研究は連携研究者との共同で行うことが多い。そのための旅費、滞在費が必要である。研究成果は国内の物理学会、また、国外のコンフェレンスやワークショップ等で発表するので、そのための旅費が必要となる。
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