2012 Fiscal Year Research-status Report
英国自然神学の解体と科学的経済学の確立:ダーウィニズムの社会科学的インパクト
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23653058
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Research Institution | Yokohama National University |
Principal Investigator |
有江 大介 横浜国立大学, 国際社会科学研究科, 教授 (40175980)
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Keywords | ダーウィニズム / 神学 / 自然神学 / 社会科学方法論 / ヴィクトリア時代 / キリスト教経済学 / 経済思想史 / デザイン論 |
Research Abstract |
本研究は、検討されることの少なかった自然神学の推移と社会科学的思惟の確立とが密接に連関していた点につき検討するものである。具体的には19世紀中葉の英国において、ダーウィニズムが自然神学に最終的な打撃を与えたことと、それによる政策志向的言説から社会現象の「科学」的記述へと経済科学が変容した過程について明らかにする。 第2年度では『種の起源』や進化論の影響の検討の前提として、社会科学的思考とダーウィニズムとの関連性についてその周辺から幅広く扱った。特に、19世紀前半までの科学とキリスト教の親和的状況から、中盤以降の対立的状況への変化を神学側から鳥瞰することに焦点を絞った。歴史的には、自然や世界の説明原理として自然神学自体が科学の新発見に対応して発展していくのではなく、自然神学が後景に退き現代的意味での科学が主たる説明原理に位置に取って代わったのであるが、これをヴィクトリア時代の信仰と科学という枠組みで跡づけた。その成果は、2012年8月の国際功利主義学会(ISUS)ニューヨーク大会での報告'Leslie Stephen's Agnosticism'や「J.H.ニューマンの知識論:ヴィクトリア時代の信仰と科学」(有江編著『ヴィクトリア時代の思潮とJ.S.ミル』三和書籍、2013年、73-95頁)に結実した。 以上の成果には、新しい科学的知見の人々への浸透が旧来のキリスト教信仰や時代の社会観を変容させていく過程の一端が示されており、こうした方向の決定打がダーウィンの『種の起源』(1858年)なのである。こうして、A.ハーディの「自然神学は、その最強の支持勢力と考えられていたもの、つまり、デザイン論証に立つペイリーの議論をダーウィンの自然選択説が断ち切ったときのショックからまだ本当には立ち直っていない」(『神の生物学』第11章)という評価を社会科学から検討する準備が整ったと言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
第2年度までは、キリスト教における自然神学の推移と社会科学的思惟の確立とが密接に連関していたこと、ダーウィニズムが宗教的な社会把握に最終的な打撃を与えたことについて検討するという本研究課題のうち、信仰と神学側からのヴィクトリア期の時代精神である科学への対応を中心に明らかにした。 これは、何よりもわが国の経済思想史や社会科学史研究の領域で弱点とされ十分な検討がなされて来なかった、キリスト教をはじめとした宗教的背景の社会科学や経済学の確立への、肯定的・否定的影響について正面から取り組んだ試みである。従来、ボイド・ヒルトンやウォーターマンらの1990年代の英語圏の研究によって、19世紀における「キリスト教経済学」(Christian Political Economy)なる概念が提示され、わが国でも、深貝保則(「神学的経済学の商業社会把握:マルサス、チャーマーズ、ホェイトリー」、『マルサス学会年報』第6号、1996年)、柳沢哲哉(「J.B.サムナーとマルサス」、中矢俊博・柳田芳伸編著『マルサス派の経済学者達』、2000年)らによって、マルサス以外の“忘れられた”経済学者達の業績の検討を通じてその評価が肯定的に受け止められて来た。 本研究は、こうした「キリスト教経済学」テーゼとその受容のあり方の持つ福音主義的解釈に偏るなどの問題点を指摘し、時代の科学的指向と宗教性との対峙関係を捉える中でより現実の推移に近い経済科学確立の過程を示すため一つの階梯を為している。特に、わが国ではほとんど内在的な検討がなされてこなかった宗教の側での科学への対応につき、その端緒的な検討を行ったところに本研究の特色があり、成果発表も概ね順調に推移している。こうした達成と視点のもとに、本研究の最終的な獲得目標であるダーウィニズムの社会科学、経済学へのインパクトにつき、最終年度で取り組むことになる。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度である第3年度は、本研究の最終的な獲得目標である経済学の学問としての確立期に時を同じくして普及した“ダーウィニズム”という一つの社会的思潮と経済学との関連の検討を行う。その際、こうした問題に関する古典的テキストの一つ、John Dewy, The Influence of Darwin on Philosophy and Other Essays in Contemporary Thought (1910)は必ずしも経済学に言及しているわけではないが、本研究では上述の関係を自然神学と経済学との関係にも適用する形で検討する。ここで、念頭におくのは、A.ハーディの以下のコメントである。「自然神学は、その最強の支持勢力と考えられていたもの、つまり、デザイン論証に立つペイリーの議論をダーウィンの自然選択説が断ち切ったときのショックからまだ本当には立ち直っていない」(『神の生物学』第11章)。こうした捉え方は、キリスト教に対する関心の薄い我が国の研究では、十分にその意義を認識できてこなかった中で、この視点は本研究の導きの糸と言える。 さらに、最終年度では、以上をダーウィニズムの影響という視点からの、経済学の変容の過程としてまとめ、学会誌への投稿を予定している。これは、従来からの科学研究費による継続的な研究を総括するものとして出版を計画している、17世紀のニュートンの時代から18世紀のバトラー、ヒューム、スミスを経て、世紀転換期のベンサムを媒介に19世紀のダーウィンに至るブリテンを対象としたはじめての総括的な神学と社会科学との関係史の研究成果の一部となる予定でもある。 また、従来に引き続き、年間計画として出来る限り研究成果の一部を少なくとも外国学会で1回、国内学会にて1回は発表する計画である。また、これらの作業のうち適当なものを外国学術雑誌に投稿する計画である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
第2年度は文献・資史料の閲覧、読解とともに研究史のサーヴェイに力点が置かれることになったことと、総括的な研究発表を最終年度に海外を含めた複数の学会で行うことにしたため、当初計画の予算に残金が生じてしまった。 最終年度の予算執行については、第2年度の残額をも含め、上記の推進方策に示された研究計画に対応した支出を予定している。予定支出項目を順不同で列挙する。 学会・研究会参加費および旅費(国内・外国)、会場費、知識提供・研究補助への謝金、通信費、複写費、書籍・資料・電子データ購入費、消耗品費等、抜き刷り作成費等である。
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Research Products
(4 results)