2011 Fiscal Year Research-status Report
ピンクのカマキリはどうやって生まれたか:花に擬態するランカマキリの体色進化の解明
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23657162
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Research Institution | National Institute for Basic Biology |
Principal Investigator |
真野 弘明 基礎生物学研究所, 生物進化研究部門, NIBBリサーチフェロー (80376558)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | ランカマキリ / カマキリ / 擬態 / キサントマチン / 色素 / 酸化還元 / HPLC / 質量分析 |
Research Abstract |
本年度の研究実施計画に基づき、ランカマキリおよび他のカマキリ種におけるキサントマチン色素群の生化学的解析を行った。これまでの研究により、黄色味がかった赤色の体色を持つランカマキリ1齢幼虫には通常型および脱炭酸型の2種類のキサントマチン分子が存在することが明らかになっていた。これらに加えて、1齢幼虫の体内には非常に不安定な「第3の色素」が存在することを新たに突き止めた。HPLCによる単離および質量分析装置による分子量決定を行った結果、この色素はキサントマチンとその前駆体である3-ヒドロキシキヌレニンの間に位置する反応中間体であることが予想された。色素の化学合成実験によりこの予想は裏付けられ、キサントマチンの直近の前駆体であることからこの色素を「プレキサントマチン」と命名した。吸収スペクトルの測定により、プレキサントマチンは441 nmに吸収極大を持つ黄色色素であると判明した。また、プレキサントマチンはキサントマチンなど他の一般的なオモクローム色素とは異なり、酸化還元による色の変化を示さないことが明らかになった。プレキサントマチンは組織からの抽出後に急速に分解してしまうが、抽出および分析の条件を詳細に検討し、その定量的な解析を可能にした。その結果、ピンクの体色を持つランカマキリ終齢幼虫においては通常型キサントマチンがほとんど全ての割合を占めるのに対し、1齢幼虫では通常型・脱炭酸型・プレキサントマチンの3つの色素が混在していることが分かった。さらに、カマキリの外皮組織を酸化剤および還元剤で処理する実験により、キサントマチン色素群の酸化還元状態を解析した。その結果、褐色型の国内産カマキリにおいては色素が主に酸化型で存在するのに対し、ランカマキリでは還元型で存在することが示唆された。以上の結果により、キサントマチン分子群が多彩な体色を生成するメカニズムの謎の解明に成功した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
交付申請書に記載した本年度の研究の実施計画には、1)ランカマキリ1齢幼虫の体内に存在する非常に不安定な黄色色素の同定、2)各種カマキリにおけるキサントマチン含有量の定量的HPLCによる測定、3)色素の酸化還元状態の決定、4)脱炭酸型キサントマチンの存在が体色の差異を生み出す可能性の検証、の4つの目標を掲げた。このうち、1)に関しては新奇色素プレキサントマチンの分子同定に成功し、2)に関しては非常に不安定なプレキサントマチンを含めた定量系の確立に成功した。3)に関しては、酸化剤および還元剤を用いたin situにおける酸化還元実験を行い、褐色型のカマキリでは酸化型の色素が存在するのに対し、ランカマキリでは還元型として存在することを明らかにした。4)に関しては、当初は通常型と脱炭酸型の2種類の分子のみが発見されていたために上記の作業仮説を立てたが、吸収スペクトルの測定により通常型および脱炭酸型の間には大きな違いがないこと、および1)と2)の解析により新たに同定したプレキサントマチンが体色の差異形成に主要な役割を果たすことを見出したため、モデルの変更にともなって発展的に解消された。以上のように本研究はおおむね順調に進展しており、研究の目的である「色素キサントマチンがどのように多彩な体色を生み出すかの分子メカニズムの解明」のうち、色素分子の化学動態と体色の関係性についてはほぼ解明できたと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究成果により、キサントマチン色素群の酸化還元状態の違いが体色生成において重要な役割を果たすことが確認できた。そこで交付申請書記載の平成24年度の計画に基づき、色素の酸化還元状態の違いを生み出すメカニズムの生化学的アプローチによる解析を行う。これに関し、国内産カマキリであるコカマキリの褐色型個体では、体表の大部分においてはキサントマチンが酸化型として存在するが、前腕内側にあるピンクの斑紋には還元型として存在することを見出した。同一種内における酸化還元状態の部位特異的な差異は、発現遺伝子レベルでの比較解析を可能にする。このため、本研究ではコカマキリを用いたトランスクリプトーム比較解析を新たに計画している。また本年度の研究成果により、プレキサントマチンがランカマキリ1齢幼虫の体色生成に重要であると判明した。プレキサントマチンはin vitroの系では非常に不安定な色素であり、in vivoでこれがどのように安定化されているのかは不明である。この安定化メカニズムの解明に対しても交付申請書記載の生化学的アプローチは有効であると考えられるため、次年度以降の研究においてはこの点を考慮に入れて研究を遂行する予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本年度の研究費のうち、約40万円を次年度へと繰り越した。これは、本年度の研究成果に基づいて新たな研究計画(コカマキリを用いたトランスクリプトーム比較解析)が着想され、それに使用する物品費等の実験経費が必要となったためである。このような研究の進展にともなう計画変更は予想できない性質のものであり、また研究の遂行において必要不可欠であるため、当該研究費の繰り越しは正当な理由である。繰り越し分を含めた研究費の使用計画としては、平成24年度分の交付額に関しては交付申請書記載の実験計画の遂行にあて、繰り越し分の約40万円に関してはコカマキリを用いたトランスクリプトーム比較解析に用いる。トランスクリプトーム比較に使用する大規模シーケンサーとしては、基礎生物学研究所・生物機能情報分析室が所有するIllumina Hi-Seq 2000を想定しており、生体サンプルからのcDNAライブラリー調整に10万円、シーケンサーのランニングコストとして30万円がそれぞれ必要になると予想される。
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