2011 Fiscal Year Research-status Report
仏教との関係性を軸とする新たな和歌史の構築に向けた総合的研究
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23720128
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Research Institution | Jumonji Junior College |
Principal Investigator |
平野 多恵 十文字学園女子大学短期大学部, 文学部, 准教授 (60412996)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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Keywords | 無住 / 僧侶歌人 / 釈教歌 / 和歌即陀羅尼 / 沙石集 / 聖財集 / 仏教 / 雑談集 |
Research Abstract |
本研究では、和歌と仏教がせめぎあいつつ絡みあう中世に焦点を当て、大寺院僧侶の詠歌活動、時代の思想と政治を反映する勅撰集、時代の思想を象徴する僧侶の詠歌、和歌即真言観という四つの複眼的視点から、僧侶の詠歌や釈教歌の特質を分析し、和歌と仏教の関わりを多角的に解明することを目指している。これによって、仏教との関係を軸にした和歌史を新たに構想し、中世文化の本質に関わる新たな知見を見つけ出したいと考えている。 本年度は、上記の四つの切り口のうち、時代を象徴する僧侶として「無住」に焦点をあて、その和歌を分析した。無住は『沙石集』で和歌即陀羅尼説を展開しており、和歌と仏教の関わりを論じる上で不可欠の存在である。その著作の『沙石集』『雑談集』に収められた無住の歌は、仏教の教理や述懐を詠んだものがほとんどだが、伝統的な和歌から大きく逸脱したものが多い。無住には和歌へのこだわりが認められ、「音訓和歌」と称する新しい試みもある。『沙石集』の伝本間の相違をふまえつつ、従来ほとんど読み込まれていない無住晩年の自詠を詳細に分析することで、その和歌に対する意識と素養を明らかにした。これによって、和歌に自覚的で、歌ことばにこだわって技巧的な和歌を詠むことができると同時に、作為のない述懐歌を重視する無住の姿が新たに浮かび上がってきた。 さらに本年度の研究により、無住の和歌を検討するにあたっては、『沙石集』や『聖財集』といった著作の増補改訂の跡を検討することが重要であることが明らかになった。これは今後、無住の和歌を研究するにあたって基礎となる重要な成果である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究は、中世を中心として、大寺院僧侶の詠歌活動、時代の思想と政治を反映する勅撰集、時代の思想を象徴する僧侶の詠歌、和歌即真言観という四つの複眼的視点から、僧侶の詠歌や釈教歌の特質を分析し、和歌と仏教の関わりを多角的に解明することを目指しており、本年度は、時代を象徴する僧侶の詠歌の研究を行った。その対象として、「無住」を第一にとりあげたが、研究を進めるうちに、彼の和歌の特質を追求するためには、『沙石集』をはじめとする著作の諸本間の増補改訂の過程を検討することが欠かせないと判明した。『沙石集』の伝本には翻刻されていないものもあるため、伝本間の相違を確認するのには時間を要した。 その結果として、本年度中に検討することのできた僧侶歌人は「無住」のみとなり、当初の予定より研究の現状は少し遅れている。しかしながら、無住の和歌を検討することで、和歌と仏教の関わりはもちろん、「ことば」と「心」という和歌の本質に関わる問題も浮かび上がってきており、予想以上の広がりが出てきている。 さらに研究の進展がやや遅くなった理由として、昨年度は後期にコロンビア大学で在外研修に従事していたこともあげられる。資料収集の面で日本と同じペースで研究を進めることはできなかったが、アメリカの研究方法に触れる機会を得て、和歌を多角的に分析し、他分野との関わりのなかで和歌を研究する重要性を学んだ。アメリカで得た知見や方法論は、今後の研究の進展に生きてくるはずである。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は以下の〈1〉~〈4〉のアプローチにより、僧侶や寺院文化圏の詠歌活動を多角的に分析し、中世において和歌と仏教がどう関わったかを解明し、仏教との関わりを核にした和歌史を新たに構築することを目指している。〈1〉中世の寺院文化圏で編まれた私撰集(『楢葉集』『続門葉集』『安撰集』)を読み解き、僧侶の思想基盤や文学的素養を明らかにし、大寺院僧における詠歌の意義と実態を探る。〈2〉中世後期に編まれた勅撰集の釈教歌を分析し、その背後に潜む当時の思想的状況や寺院歌壇と中央歌壇の関わりを明らかにする。〈3〉和歌と仏教の関係を探究する上で鍵となる僧侶歌人(慈円・一遍・無住)の和歌を分析し、各々の詠歌の独自性を見極め、思想や信仰から生まれた表現のあり方や中世の僧侶に共通する和歌の特質を探り、僧侶における和歌と思想の関係性を究明する。〈4〉仏教語を取り込んだ釈教歌を手がかりに、当時の思想的背景をふまえて和歌即真言観・和歌即陀羅尼観の形成過程を明らかにする。 本年度は〈3〉について研究を行ったが、研究対象とする『沙石集』の伝本が多様で複雑なことにより、予想よりも研究に時間がかかっている。とはいえ、本研究の特質は多角的な四つのアプローチを用いることにあるので、次年度はこのアプローチを重視して、全体を見渡しやすい〈2〉の勅撰集の釈教歌の分析を行って、異なる視点から研究を進めたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度は中世後期に編まれた勅撰集所載の釈教歌のうち、従来の勅撰集で典拠とされていない経典に基づくものを抽出してデータベースを作成し、その分析から当時の仏教が勅撰集の撰集に与えた影響を明らかにする予定である。『新後撰集』『新千載集』をはじめ、中世後期に編まれた勅撰集には、『大日経』『大日経疏』『菩提心論』『十住心論』『理趣経』など、従来の勅撰集に未出の経典を典拠とした釈教歌が多く見出せる。 釈教歌の典拠となった経典を理解するために、仏教関係書籍、和歌関係書籍を購入する必要がある。また、釈教歌に関する資料を閲覧するための旅費も見込んでいる。
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Research Products
(1 results)