2011 Fiscal Year Research-status Report
足利尊氏願経の原本調査を中心とした中世一切経の資料的研究
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23720339
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Research Institution | Kyoto National Museum |
Principal Investigator |
羽田 聡 独立行政法人国立文化財機構京都国立博物館, 学芸部, 研究員 (30342968)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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Keywords | 史料研究 / 室町幕府 / 一切経 / 書写と輸入 / 写経と版経 / 資料論 / 書誌学 |
Research Abstract |
本研究の目的の一つは、足利尊氏(1305~58)が発願し園城寺に奉納した一切経(足利尊氏願経)の原本調査を通じ、書誌情報の体系化から導き出される当該経典の作成方法を明らかにすることである。平成23年度はこの点にかんがみ、(1)調査のための事前作業、(2)具体的な調査を重点的に行った。 まず、(1)調査のための事前作業としては、園城寺ほか各所に所蔵、あるいは売立目録に掲載される足利尊氏願経の情報収集、仮目録の作成を行った。当初、一切経として5000帖ちかく作成された本経は大部分が散逸したため、残存数は不明であったが、これにより782帖の現存することが明らかとなった。園城寺に現存する592帖(重要文化財)をのぞくと200帖ほどが巷間に流出した計算になり、とくに大東急記念文庫に16帖もが所蔵されていることを知り得たのは大きな成果といえる。また、京都国立博物館所蔵分の6帖を精査し、他所での調査にさいしてどのような項目を調書に採用すべきか検討したうえ、「足利尊氏願経調書」を作成した。 ついで、(2)具体的な調査では、京都国立博物館にくわえ、五島美術館(2帖)・大東急記念文庫(16帖)、花園大学(1帖)、東京国立博物館(8帖)で調査および撮影を行い、仮目録を補訂した。本経については、帖末の奥書や発願文の種別から書写地、さらには底本の判断が可能とされてきたが、原本を丹念に調査するうち、表紙の「以」字点や帖首の余白、折り目の界線の有無など、これまで指摘されていない点もその材料となることを発見した。こうした基準が増えることは、書写地や底本の判断がより正確になるだけでなく、十分な注意の払われてこなかった改装の可能性についても迫ることができ、議論の幅が広がるため重要であると考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、足利尊氏(1305~58)が園城寺に奉納した一切経(足利尊氏願経)の調査を通じ、(1)その原本、(2)当該期における政治および社会状況との関係、(3)中世一切経における位置づけ、について書誌学あるいは歴史学からアプローチしたうえ、中世一切経の資料的可能性を明らかにすることにある。まず、研究の性格上、(2)および(3)を検討するためには、(1)を基礎としなければならないことを確認しておきたい。 この点をふまえ、「研究実績の概要」で記したように、平成23年度は調査のための事前作業(足利尊氏願経の情報収集・仮目録の作成など)、具体的な調査(京都国立博物館・五島美術館・大東急記念文庫・花園大学・東京国立博物館)を重点的に行った。したがって、平成24年度に(2)および(3)を検討するための素地は着実に出来つつあると言ってよい。 とはいえ、当初7回を予定していた原本調査は5回にとどまり、とくに足利尊氏願経の大半をしめる園城寺所蔵分(奈良国立博物館寄託)は手をつけるに至らなかった。しかし、この分に関しては、かつて園城寺側で撮影した写真1000枚ちかくの提供をうけ、すべてをデジタル化したことにより、実地へと赴く前にある程度の項目については調書を作成することが可能となったため、今後の調査を効率的に実施できるようになったと考える。 上記の理由により、本研究における達成度は、全体の流れが変化することはないが、調査の進捗状況を勘案して「おおむね順調に進展している。」と判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の目的は、足利尊氏(1305~58)が発願し園城寺に奉納した一切経(足利尊氏願経)の調査を通じ、(1)その原本、(2)当該期における政治および社会状況との関係、(3)中世一切経における位置づけ、について書誌学あるいは歴史学からアプローチしたうえ、中世一切経の資料的可能性を明らかにすることにある。まず、研究の性格上、(2)および(3)を検討するためには、(1)を基礎としなければならない。 これをふまえ、今後の研究の推進方策をしめすと、平成24年度の計画としてまず挙げられるべきは(1)、すなわち足利尊氏願経の原本調査の継続である。具体的な場所は、所蔵する母体数の大きな園城寺(592帖 奈良国立博物館寄託)、および根津美術館(36帖)を優先的に調査する予定である。 ついで、12月ごろには原本調査にメドをつけ、以後は(1)から(3)について成果を総合的にまとめあげ、報告書として刊行する作業に入る。足利尊氏願経には包括的な研究報告が存在せず、これまでに園城寺所蔵分については二度にわたり目録化されているものの、絶版状態がつづき、収載するデータも完全とはいえない。これをうけ、報告書には研究の目的である(1)から(3)、中世一切経の資料的可能性をまとめた論考、現存する足利尊氏願経の書誌情報などを掲載する予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度の研究費は、「今後の研究の推進方策」にかんがみると、(1)調査費、(2)研究成果報告書作成費と大きく二つの面で使用することになる。 まず、(1)は本研究の主眼として昨年度に引きつづき行う足利尊氏願経の原本調査に関わる国内旅費をさす。具体的な場所は、所蔵する母体数の大きな園城寺(592帖 奈良国立博物館寄託)、および根津美術館(36帖)を優先的に調査する予定である。 ついで、(2)は本研究で得られた情報や成果をどのような方法で社会に還元するかを考えたとき、残念ながら足利尊氏願経には包括的な研究報告がないことが背景にある。加えて、園城寺所蔵分に関しては、かつて『足利尊氏寄進願経現存目録』(京都仏教各宗学校聯合会 1934年9月)および『三井寺所蔵足利尊氏一切経目録』(園城寺事務所 1954年9月)が発行されているものの、部数が少なくすでに絶版であるため、架蔵されている機関がかなり限定されている。したがって、研究成果報告書を作成することをつよく希望し、その発行に必要な費用として使用する。
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