2023 Fiscal Year Annual Research Report
エネルギー代謝の変化を担う脳―末梢間神経回路リモデリング機構の解明
Project/Area Number |
21H03387
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | National Institute for Physiological Sciences |
Principal Investigator |
近藤 邦生 生理学研究所, 生体機能調節研究領域, 助教 (90784950)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | エネルギー恒常性 / 脳ー末梢組織間神経回路 |
Outline of Annual Research Achievements |
脳は体内外の情報を統合し、多数の末梢組織の機能を協調的に制御することで、生体のエネルギー恒常性を維持する。恒常性維持メカニズムにおいては、脳による末梢組織の制御が重要な役割を果たしている。体内外の環境が変化すると、それに応じて脳による末梢組織制御メカニズムも柔軟に変化すると考えられる、しかし、実際に体内外のエネルギー状態の揺らぎに対して、脳から末梢組織へ至る神経回路がどのように対応するのか、その実体については不明である。本研究では、エネルギー代謝の状態の変化に応じた、脳―末梢組織間の神経回路の構造変化すなわち「リモデリング」を引き起こすメカニズムとエネルギー代謝における役割を解明する。 仮性狂犬病ウイルス(Pseudorabies virus:PRV)は神経細胞に感染すると、シナプスを介して逆行的に移動する性質を持つ。すなわち、末梢組織にPRVを接種すると、ウイルスは接種した組織を制御する一連の神経回路に感染する。これまでにPRVをマウスの末梢組織に接種し、エネルギー代謝に重要な末梢組織である褐色脂肪組織・骨格筋に脳からのシグナルを伝達する神経回路を同定した。次に同様の手法により、寒冷飼育や継続的な自発運動により個体のエネルギー代謝を変化させたマウスにおいて、脳と褐色脂肪・骨格筋を結ぶ神経回路を解析した。その結果、いくつかの脳領域において、末梢組織を制御する神経細胞の数が変化することを見出した。また、PRVを用いてエネルギー代謝を制御する神経細胞の同定を行い、脂質代謝に関わる新たな神経細胞を見出した。これらの結果は生理状態に応じて変化する脳―末梢組織間の神経回路の存在を示唆する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでに確立した研究手法を用いて、寒冷環境により飼育して熱産生を促進したマウスや、自発的な運動を促してエネルギー消費を亢進させたマウスにおける脳ー末梢組織間神経回路の解析を行い、通常条件下で飼育したコントロールマウスの結果と比較した。その結果、熱産生を促進した場合には褐色脂肪に投射する中枢神経細胞の数が増加し、運動を促進した場合には骨格筋に投射する中枢神経細胞の数が増加することがわかった。この結果は、エネルギー代謝が変化した末梢組織に特異的に、それらを制御する中枢神経細胞の数も変化することを示している。このような変化は特に視床下部の領域に多く見られた。 そこで次に、視床下部において褐色脂肪組織や骨格筋に投射する神経細胞の同定を試み、視床下部室傍核のNos1陽性神経細胞の多くが、これらの末梢組織に投射することを見出した。このNos1陽性神経細胞を人為的に活性化すると全身のエネルギー代謝と脂質の利用が亢進した。逆にNos1陽性神経細胞の活動を抑制したマウスでは脂質の利用がほとんど起こらなくなり、体重の顕著な増加が見られた。この結果から、Nos1陽性神経細胞が、全身の脂質利用を制御し、エネルギーの恒常性に関わる新しい神経細胞群であることがわかった。 さらに放射性トレーサーを用いた実験などから、Nos1陽性神経細胞を活性化すると骨格筋や褐色脂肪組織などでの脂肪酸酸化と白色脂肪組織での脂肪分解が促進されることが明らかになり、Nos1陽性細胞が様々な末梢組織に働きかけ、全身の脂質代謝を制御することが明らかになった。これらの結果は、Nos1陽性細胞の末梢組織への神経投射パターンの変化が個体の代謝変化に関わるというリモデリング機構の存在を示唆するものである。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度はこれまでに見出した二つの知見「脳―末梢組織間神経回路の構造的変化」「視床下部Nos1陽性神経細胞による脂質代謝制御」を結ぶメカニズムの解析を行う。 まず、Nos1陽性神経細胞の活動状態を解析するため、ファイバーフォトメトリー法を用いて、自由行動マウスのNos1陽性神経細胞の活動を計測する。そして、このマウスに寒冷暴露や運動、高脂肪食摂餌などを行い体内の生理状態を変化させ、Nos1陽性神経細胞の活動がどのように変化するかを解析する。 次に、Nos1陽性神経細胞の上流と下流の神経回路の構造変化を捉えるため、Nos1陽性神経細胞の上流神経細胞の数、末梢組織へ投射するNos1陽性神経細胞の数についてPRVをNos1神経細胞または末梢組織に接種することにより解析する。これらの数が変化していた場合、その変化を引き起こした原因を探索する。予備実験の結果から、リモデリングに神経新生は関わっていない可能性が示唆されている。そのため次年度の実験ではシナプス可塑性など神経細胞同士の接合様式が代謝変化により変化する可能性に注目して実験を進める。ウイルストレーサー感染細胞やNos1陽性神経細胞における、シナプス可塑性関連因子の発現を解析し、ウイルスベクターによる過剰発現系や薬剤投与を介して人為的にシナプス可塑性などを阻害し、リモデリングへの影響を調べる。 これらの研究を通して、脂質代謝を制御するNos1陽性神経細胞を中心とした神経回路が生理状態に応じてどのように変化するのか、そしてそれを変化させるメカニズムは何なのか、という問いに対する答えを明らかにする。
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