2014 Fiscal Year Annual Research Report
リスク構造変化を含む経済環境変化が経済成長に与える影響に関する理論的・実証的研究
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24330092
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
八木 匡 同志社大学, 経済学部, 教授 (60200474)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
宮澤 和俊 同志社大学, 経済学部, 教授 (00329749)
佐々木 雅幸 同志社大学, 経済学部, 教授 (50154000)
川口 章 同志社大学, 政策学部, 教授 (50257903)
伊多波 良雄 同志社大学, 経済学部, 教授 (60151453)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | リスク / 非正規労働 / 幸福感 / 国際研究者交流 フランス、ドイツ、イギリス / 雇用環境 / 子育て方法 / モラル / 規範遵守 |
Outline of Annual Research Achievements |
リスク社会の中で重要な問題は、雇用と教育である。雇用は、失業だけでなく、雇用形態のあり方と、それに伴う労働意欲および幸福感の持ち方により、生産性および社会厚生は大きな影響を受けることになる。 本研究プロジェクトにおいては、非正規雇用がもたらす労働意欲への影響および幸福感への影響を、日本、米国、仏国、英国、独国の5カ国におけるサーベイ調査を用いて、国際比較分析を行った。この分析を行うにあたって、幸福感を構成する要素を大きく2つに分解した。一つは、喜びとか意欲といった要因が中心となる正の幸福感であり、もう一つは不安とか悲しみといった要因が中心となる負の幸福感である。正と負の幸福感を分離するために、本研究では一般的な幸福感に状態を質問するだけではなく、Oxford Happiness Indexで提示された29の質問回答に対して主因子分析を行い抽出する方法を採用した。また、雇用状態および雇用条件、将来に対する見通し、職場の環境、同僚との関係といった点に関する質問回答に対しても、主因子分析を適用し、労働者の職場環境への評価、働く意味、将来に対する期待、能力形成に対する意欲といった要因を抽出している。このような労働市場に関する状況を明確にして、それらが正および負の幸福感にどのような影響を与えているかを明確にした。 次に、子育ての方法に関するリスクについて、研究を進めた。ここでの焦点は、モラル教育がもつ重要性の実証的検証と厳しい教育が子供の能力形成に有効であるかである。モラル教育は学歴形成には影響を与えないかもしれないが、労働市場での評価に重要な意味をもつことが明確になった。特に、規範遵守行動を軽視する場合には、高い能力を有する労働者でも、労働市場での評価は低くなるリスクが存在することが示された。また、厳しい子育ては、必ずしも有効では無いことも示された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
リスク社会の性質を決定づける重要な要因は、雇用と教育、そして社会保障制度であると認識し、これらの3つの問題に対して研究を続けてきた。これらの問題を解明するために、様々なマイクロデータを用いた解析を行い、本研究課題に関連した研究成果を多数公表してきている。 労働者が直面する大きなリスクは、失業リスクだけでなく、非正規化リスクがある。このようなリスクは、労働者の選択行動によってコントロールできる部分と、マクロ的要因および市場における要因によって回避できないものと混在している。また、選択行動の中には、労働者の能力形成に関わる教育投資行動とモラル教育を含めた非認知能力の形成に関する部分が含まれる。これまで、教育投資行動に関する研究は数多くなされてきているが、非認知能力形成が労働市場での評価にどのような影響を与えるのかについての研究は十分に進められてきていなかった。非認知能力に対する労働市場における評価がどのようなものであるのかを実証的に明らかにすることにより、非認知能力形成の失敗がもたらすリスクがどのようなものであるのかを明確にすることが可能となる。 本研究課題では、上記のような最も重要と考えられる課題に対して、一定の成果をもたらしてきたと判断できる。しかしながら、当初の予想とは反して、分析が進まなかった課題も存在している。その一つが貯蓄行動に関する解析である。特に、個人のパーソナル属性が貯蓄行動に大きな影響を与えているという実証的な結果を得ることはできたものの、そのミクロ的根拠付けに関する研究が十分に進まなかったため、実証結果の重要性を明確にすることができない状態にある。
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Strategy for Future Research Activity |
リスク構造のミクロ的分析については、より社会構造の基盤としてのモラルおよび社会関係資本形成メカニズムの分析に焦点を置くべきであると考えている。リスク回避を市場で行うことができる部分は、すでに保険制度等によって対応が行われていると言って良いであろう。むしろ、経済全体として増大しているリスクが何であるのかという問題が重要となる。例えば、食品偽装、耐震偽装、等々のリスクに対して、社会的に関心が高まっており、市場の信頼性が問題になってきている。 市場における信頼性がどのような要因によって影響を受けるのかを詳細に分析することが、今後の重要な課題として残っていると言えるが、本研究プロジェクトではモラルといった非認知能力の側面に焦点をおいて研究を行ってきた。しかしながら、信頼形成のメカニズムは、「共感」という問題と強く結びついていることが、ポール・ザック等の議論によって主張されるようになってきている。組織内における共感形成と信頼形成との関係性および、コミュニティにおける共感形成と信頼形成のメカニズムに関する研究といった問題について研究を進めることが一つの方向性として検討している。 この点に関する研究としては、Quarterly Journal of Economicsで2011年に掲載されたBenabou と Tirolの論文が重要と考えられており、そこではモラルの形成のメカニズムについて理論的考察を行っている。リスクの問題は、社会基盤の質によって大きな影響を受けると考えられるため、社会基盤の質に対する研究が必要となる。社会基盤の質は、経済的関係性のみならず、社会的関係性によって大きく影響を受ける。相互扶助のシステムは、社会関係性に強い影響を受けており、この点に関しては宗教を含めた広義の文化基盤に大きく依存することになる。このような側面の研究が今後必要となると判断している。
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Causes of Carryover |
研究期間の最終年では、これまでの研究成果をカンファレンスを開催して発表し、それを書籍として取りまとめる作業を行ってきている。このカンファレンスでは、研究プロジェクトで共同研究を進めてきた海外の研究者が多く参加しており、書籍出版にあたってはこれまで原稿の編者による審査を行ってきた。この審査プロセスが、予想以上に多くの時間を必要としたため、予定した英文校閲の支出ができない状況になった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度では、レフェリー編者からのコメントを基に原稿を修正して英文校閲にかける費用が必要となっている。また、出版に向けて出版社による審査コメントを基にした最終原稿の校閲費用、出版社への支払い、これに付随した物品購入、旅費、人件費、謝金が必要となる。また、研究成果の一般公開のためのシンポジウムも開催する予定である。
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Research Products
(27 results)