2012 Fiscal Year Research-status Report
私的領域の不安定化問題を背景としたイギリス性教育の政策分析的研究
Project/Area Number |
24531018
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Senshu University |
Principal Investigator |
広瀬 裕子 専修大学, 法学部, 教授 (40208880)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | イギリス / 性教育 / ハックニー / 成熟近代 / 10代の妊娠 / PSHE / 私的領域の不安定化 / 性教育批判 |
Research Abstract |
本研究は、性教育の目標、解決課題、制度設計、政策策定とその実施過程、授業等のプログラムに表出される諸要素を調査分析することによって、背景社会を把握して、社会問題解決のための知見を短期的長期的に得ようとするものである。 性教育は、私的な性の領域を直接的に反映させるゆえに、ひとびとのその時点での内面や喜怒哀楽、親密な人間関係あるいは家族を映し出すフィルターとして機能する。注目すべきは、私的領域の自律と充足を是とする近代社会が人々のセクシュアリティの充足を推奨しながらも、私的領域は自力でセクシュアリティを充足できる訳ではないという点である。そこに、性教育への公的セクターの関与が要請されることになる。私的領域の不安定化に映し出される諸問題が、近代社会の展開と連関した問題としても表出されるという点は、性教育をマクロな視点から分析する時の必須の観点だ。 1994年度にイギリスで必修化した性教育は、成熟近代の政策パターンを如実に示していることを広瀬は既に明らかにしている。近代社会が自由平等という近代原則を広く実現させる成熟段階に至ると、私的領域が自由を享受して自律するのではなく、むしろ逆に不安定化する局面をも生むこと、そして、私的領域の不安定化問題に対処するために、不安定化する私的領域を公的セクターがメンテナンスするという、近代社会の公権力の私的領域不介入原則に照らすと語義矛盾のような政策パターンが出現するのである。 性教育必修化以後イギリスでは、人格・健康・社会性の教育(PSHE)を中等学校及び初等学校で必修化して性教育の必修領域を拡大する動きと、10代の妊娠問題に対処するための大掛かりな国家プロジェクトが顕著な経緯として観察される。性教育の分析の精度を高めるために、このふたの動きを追跡調査する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1994年の性教育必修化以後の中央レベルと地方レベルの性教育の動向に焦点をあててイギリスの現地調査を行った。 1994年の性教育必修化は、サイエンスがカバーする部分を中等学校で必修にするという形態を採った。必修化するまでの性教育制度に関する争点は、性教育を必修にすべきかどうかであった。必修化されて以後、争点は、必修領域の拡大の是非に移る。具体的には、性教育にとっては主要教科であるにも関わらず必修教科にはなっていない人格・健康・社会性の教育(PSHE)を、中等学校のみならず初等学校においても必修化させる動きの顕在化である。労働党政権下でPSHEを必修化する法案準備が進み、法案がほぼ議会を通過する見通しとなった2010年に政権交代が起こった。法案提出作業はその時点で停止し、その後復活していない。 一方、10代の妊娠問題について、1990年代末に労働党中央政府は本格的な10年計画の対策プロジェクトを開始した。このプロジェクトは、省庁を横断するそれまでにない総合政策として構想された。政府とNPOの恊働のもと、詳細なアセスメントを並行させ、地域ごとの対応と成果が明確にされ、その中で、極めて高い10代の妊娠率を抱えていたロンドンのハックニー地区が飛躍的な改善を見せたことが明らかにされた。ハックニー地区のプロジェクト遂行について、担当者からの聞き取り等の情報収集も行った。 他方、イギリス調査で培った性教育分析の手法をもって日本の性教育分析に着手した。イギリスほど明確な争点を持たなかった日本の性教育が、2000年以降、国会審議をも巻き込んで全国的な批判運動に晒された。批判の動きはようやく沈静化している。日本の性教育をめぐるこの動きを分析し、その成果の一端を国際ジャーナル “Sex Education”(Routledge) に投稿し、アクセプトが決まっている。
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Strategy for Future Research Activity |
イギリスの性教育政策の、中央レベルにおいてはPSHEの必修化問題を、地方レベルではロンドンのハックニー地区における10代の妊娠問題への対処方法を整理することが当面の課題である。そのためには、少なくとも2週間の現地調査を、ロンドンを拠点に実施する。 2010年5月の労働党政府から保守系連立政権への政権交代は、性教育領域に研究計画立案時に予想した以上に影響を与えていた。人格・健康・社会性の教育(PSHE)の必修化が法案成立直前で止まり復活の可能性が見えなくなっていることに加え、小さな政府を目指す新政権の緊縮財政の影響で、性教育領域の主要なNPOが活動縮小を余儀なくされていた。そのあおりで、家族計画協会は資料室を閉じるに至った。同資料室は本研究の重要な情報源の一つでもあり、その閉鎖により、情報収集の別ルートを確保しなければならなくなった。 ロンドンのハックニー地区にあっては、教育行政業務を担っていたNPOであるLearning Trustの、2012年閉鎖が決定された。Learning Trustは、ハックニー地区の教育行政業務を受託した機関で、ハックニー地区の10代の妊娠率を飛躍的に減少させた組織だ。閉鎖の作業が進められている中、組織の痕跡が残っている間に情報収集を急がなければならない。Trustの終焉は、10年の委託機関の終了が理由であるが、側聞するところTrustによる教育再生が順調で、しかも地域の教育当局の再生も軌道に乗ってきたために、教育業務を教育当局に再移管することが可能になったのだということでもある。 現地調査とあわせて、日本の性教育についても比較分析を続け、更なる論文の発表と、学会発表を計画する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
2012年度初年度の現地調査では、当初予定していた中央ベルの性教育必修枠拡大政策とロンドンハックニーの10代の妊娠削減プロジェクトの実態についての予備的調査を行い、計画はほぼ予定通りに進んでいる。2013年度はこれに続く現地調査に研究費がもっぱら投入される。 その際、若干の研究費の配分修正を行う。「今後の研究の推進方法」にも述べたように、2010年の政権交代による影響が次第にはっきりしてくる中で、事前に予想した以上の状況変化が観察されている。したがって、状況把握のためには2013年度の1年間だけでは現地調査は不十分であり、研究計画の最終年度である2014年度にも現地調査を行う必要が出てきたと判断している。 2012年度は、アルバイトの人件費を削るなどして2014年度にも現地調査を可能にすべく、支出の再配分を行った。同様に、2013年度も、当該年度のイギリス現地調査の経費を優先的に確保した上で、その他の計画については可能な限りで再調整を行い、2014年度の現地調査のための研究費を確保するように努める。
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