2013 Fiscal Year Research-status Report
私的領域の不安定化問題を背景としたイギリス性教育の政策分析的研究
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24531018
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Research Institution | Senshu University |
Principal Investigator |
広瀬 裕子 専修大学, 法学部, 教授 (40208880)
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Keywords | 性教育政策 / ラーニング・トラスト / イギリス / ハックニー / PSHE / Sex Education Forum / セクシュアライゼーション / 教育ガバナンス |
Research Abstract |
本研究は、性教育の制度設計、実施過程に表出される諸要素を調査分析することによって、背景社会を把握して、社会問題解決のための知見を短期的長期的に得ようとするものである。性教育政策と社会把握について注目すべきは、近代社会は私的領域の自律と充足を是として推奨しながらも、私的領域は自力でセクシュアリティを充足できる訳ではないという点である。そこに、公私二元論に反するにもかかわらず、性教育への公的セクターの関与が要請されることになる。 1994年度にイギリスで必修化した性教育は、私的領域の不安定化を映し出す成熟近代の政策パターンを如実に示していることを広瀬は既に明らかにしている。その研究成果を継承して、本研究ではその後の性教育状況についての追跡的調査を行っている。調査対象は、イギリスの中央政府による性教育政策と、ロンドン・ハックニー区におけるプログラム実施体制である。 追跡調査項目の一つである人格・健康・社会性の教育(PSHE)の必修化と、10代の妊娠問題に対処する国家プロジェクトを追跡しつつ、2010年の政権交代以後に出現した新たな動きと課題を中央、地方ともに観察している。中央では、新たな課題としての「セクシュアライゼーション」問題が世相を表す問題として焦点化され、新政府が旧政府との差異化を計るツールとしても使われていることが伺える。ハックニーにおいては、10代の妊娠率を奇跡的に減少させたラーニング・トラストが2012年に閉鎖をされるという事態が起こった。これは、教育行政のガバナンス問題として非常に興味深い検討材料を提供していると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
1994年の性教育必修化以後の性教育の動向を把握すべく、中央レベルと地方レベルに焦点をあてたイギリスの現地調査を含む研究活動を行った。現地調査は、中央レベルでは、政策形成集団である性教育協会(Sex Education Forum)と家族計画協会(Family Planning Association)を中心に、地方レベルでは、ロンドン・ハックニー区のラーニング・トラストを中心にした情報収集である。 昨年度の現地予備調査時に、2010年の政権交代が予想以上に事態を変えていることが観察されたため、本年度は、当初予定していたPSHEの必修化問題と10代の妊娠対策政策の追跡をしながら、同時に新たな課題として浮上した「セクシュアライゼーション」問題とハックニー・ラーニング・トラストの閉鎖問題をも対象として調査を進めた。 あらかじめ収集した文献資料によって課題の概要を明らかにしつつ、現地調査による追加資料の収集と関係者要人へのインタビューによって補足的かつ肝要な情報を得ることができた。新たな課題についても貴重な情報を得ることができた。 インタビューは、中央レベルでは昨年度の性教育協会の議長に加え、今年度は性教育協会の企画調整担当責任者に行った。地方レベルでは、昨年度のハックニー区のNHS東ロンドン及びシティ公共健康事業戦略上級責任者とラーニング・トラスト元コミュニティ・パートナーシップ部門責任者に加え、今年度は、ハックニー区内閣子ども政策担当者とラーニング・トラスト各部門責任者3名に行った。関係者要人のインタビューの他に、事例に詳しい現地の研究者数名からレクチャーを受けながら予備的情報を得た。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、今までの研究計画に基づいて研究を継続する。本研究課題についての資料はおおかた収集できた。が、一部集めきれていない資料があり、しかも日本国内では入手ができないようであるため、フォロアップとして現地での資料収集を行う。収集した資料情報の整理検証を進め、研究成果としてまとめる。 研究成果のまとめとしては、整理した資料に基づいて次の4つの要素を含む論文執筆、学会発表、一般専門雑誌への寄稿等を行う。 第1、PSHEの必修化については、政権交代により動きが止まっていることが観察されている。その後、新しいナショナル・カリキュラムの制定にあたって、性教育の位置づけに若干変化が付された。第2、10代の妊娠対策プロジェクトは、国家レベルでの10年プロジェクトが一段落した。プロジェクト全体としては効果があったと総括されている。第3、2010年から政権にある保守党連立政府は、新たな若者問題としてセクシュアライゼーションの焦点化を行ったことが把握された。この問題は前政権が提起したものであるが、問題へのアプローを搾取問題から子どもらしさ問題にずらすことで旧政府との差異化を計る仕掛けにもなっている。第4、ハックニー区で顕著な改革実績をあげてきたラーニング・トラストは、カウンシルとの10年契約を終えて2012年に閉鎖された。もともと、ラーニング・トラストは、カウンシルの教育行政の失敗を受けて全権限をテイク・オーバー(「乗っ取り」)した私的セクターとして始まった。ラーニング・トラストの導入と閉鎖は、教育ガバナンスの形態についての公私関係に関する問題を提起している。NPM手法を導入した教育行政の有事的改革形態である。 更に、イギリス分析から得られた知見を応用して、日本の性教育の分析を試みる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
初年度に現地予備調査を行った際、研究開始前に想定した以上に政権交代の影響による事態の変化があることがわかった。そのため、研究開始前には想定していなかった課題が浮上し、調査対象を当初の予定よりも拡大する必要に迫られた。新しい対象を含めた現状把握をするには、当初予定していた2年目に終了する現地調査では不十分となる可能性が生じ、最終年度にも追加の現地調査を行えるように、1年目からそのための費用を捻出した。 研究開始前の計画では予定していなかったが、現地の変化が大きかったために必要となった追加の現地調査の費用として使用する。
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Research Products
(12 results)