2014 Fiscal Year Research-status Report
私的領域の不安定化問題を背景としたイギリス性教育の政策分析的研究
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24531018
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Research Institution | Senshu University |
Principal Investigator |
広瀬 裕子 専修大学, 文学部, 教授 (40208880)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 性教育政策 / イギリス / ハックニー / ラーニング・トラスト / 教育ガバナンス / PSHE / 成熟近代 / 私的領域の不安定化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、性教育の制度設計、実施過程が表出する諸要素を調査分析することによって、背景社会の特徴を把握し、社会問題解決のための知見を短期的長期的に得ようとするものである。性教育政策は、私的領域に強く関与する政策であるために、価値観に関与することが自粛される教育政策という領域でありながらも、私的領域の状況を如実に反映するという特性がある。 1994年度にイギリスで必修化した性教育制度は、私的領域が自力でセクシュアリティを充足できないという矛盾状況を表出し、この特徴を研究実施者は、私的領域の不安定化を映し出す成熟近代のひとつの政策パターンとして把握した。本研究では、この事例の追跡調査をしている。 昨年度までの調査で、中央政府では、1994年体制の延長上に必修度合いをより強めるべくPSHEの必修化が議論されていること、地域レベルでは、性教育プログラムが成果を上げていたロンドン・ハックニー区で、政策の実施母体が特徴的なガバナンスをとっていることが把握された。 本年度調査では、中央政府が性教育の指針(2000年作成)の新たな解釈書を出したことが新たに把握された。一方のハックニー区では、改革を主導したラーニング・トラストが、10年の契約満了により閉じられて、教育の質については引き続き改善が維持されつつも、ガバナンスの形態が大きく変動していることが把握されている。 イギリスの事例分析と並行して日本の性教育についても、性教育をマクロに分析する同手法によって性教育の主流言説の形成について分析した。 成果は、学会誌、学術雑誌等へ発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
一昨年の現地予備調査時に、2010年総選挙の政権交代が予想以上に事態を変えていることが観察されたため、昨年度に続き本年度も現地調査を実施した。中央政府による性教育政策は、収集した資料、および、現地調査によって、1994年体制が基本的に維持されているということが確認できた。すなわちこれは、性教育の重要性は共有されながらも、しかし、2010年以前に進展していたPSHEの必修化は中断されたままということでもある。若干の政策対応の変化としては、2000年に発行された性教育指針を新しく解釈した解説書が、教育省やSex Education Forumなどの協働によって2014年に提供されていることが把握された。 1994年体制のもとで、極めて高い10代の妊娠率を低下させるなど効果的な教育プログラムを実施していたロンドンのハックニー区については、そのプログラムの成功の背景に、そのプログラムを担ったラーニング・トラストという独特な民間組織の存在が浮かび上がった。この民間組織は、区内の教育行政を包括的に司るという稀有な形態をとっており、性教育に止まらずにほぼ破綻状況にあった教育を全般に再生させていることが明らかとなった。本年度は、もっぱら同組織に焦点を当てて現地調査を行った。 ラーニング・トラストは、2002年に10年契約で区全体の教育を担当するために導入された民間組織であるが、本研究期間中に契約期間が終了して閉鎖された。教育再生に成功し、しかも閉鎖されるという経緯に、本研究は、通常の制度内では改善不能となった教育の、いわば「有事」の再生方法のパターンを読み取っている。 イギリス調査と並行して、日本の性教育をマクロに把握する英文論文を用意しているが、英文校閲については年度内に終了せず、次年度に繰り越した。
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Strategy for Future Research Activity |
イギリスの中央政府による性教育政策の動向については、引き続き注視する。並行して、日本の性教育についても、マクロな視点からの分析を継続する。 一方、効果的な性教育のプログラムを実施していたロンドンのハックニー区の調査から明らかとなった、ラーニング・トラストという教育ガバナンスの独特な形態については、必ずしも性教育政策の母体という観点にとどまらず、教育全般におけるガバナンス問題として、その特徴や効果などについて研究していくことが求められるという知見を得ている。とりわけ、区の行政部門を包括的に民営化するという手法は極めて独特であり、この手法は、他の改革手法では対応できなかった同地区の教育再生に対応して採用されたガバナンスの手法であるという確証的理解を得ている。有事のガバナンスの形態としてその特徴と効果等について研究することを計画している。
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Causes of Carryover |
英文誌に投稿予定の英文論文の、英文校閲作業が次年度4月にずれ込む見通しとなったため、校閲に関する諸費用を次年度使用額として保持した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
英文校閲者への謝礼と、校閲に関しての打ち合わせのための旅費等として使用する予定である。
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