2013 Fiscal Year Research-status Report
中性子散乱法による希土類単分子磁石の磁気微細構造解明
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24655127
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Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
梶原 孝志 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (80272003)
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Keywords | 中性子散乱 / 単分子磁石 / 希土類 / 錯体 / 合成化学 / 磁気構造 |
Research Abstract |
本研究課題においては、希土類金属イオンにより形成された錯体の遅い磁化緩和過程を中性子散乱を用いて解明するための手法の開発を目的としている。遅い磁化緩和を示す錯体を単分子磁石と呼ぶ。磁石とは磁化が零磁場中においても保持されている磁気ヒステリシスを示す物質のことであるが、単分子磁石はミリ秒程度のタイムスケールにおいて磁気ヒステリシスを示す物資である。常磁性の物質はスピンなどの角運動量の大きさに応じて磁化される性質を持つが、ある種の化合物においては特定の方向にしか磁化されない磁気異方性を持ち、磁化の方向が反転するためには反転障壁を越えなければならず、遅い磁化緩和が観測されることがある。希土類金属の場合、軌道角運動量とスピン角運動量の合成ベクトルである全角運動量に応じて磁化されるのであるが、この全角運動量は空間量子化されて副順位に分裂し、それらが異なるエネルギーを持つことにより反転障壁が形成される。この副順位の分裂のエネルギー差とそれにより生じる反転障壁の高さは数十~数百Kであり、分子の回転や振動のエネルギー領域と等しい。このため、このような磁気構造の微細構造は熱的な揺らぎにより分光学的に観測することは難しいが、核スピンをもつ中性子の散乱を用いると、角運動量の保存則に従い特定の副順位間の遷移を直接観測することが可能となる。本課題研究においては、1)中性子散乱法に最適な単分子磁石の探索と合成、2)中性子散乱法による磁気微細構造の直接観測と磁気ダイナミクスの詳解 を目的としており、これまでの研究で1)についてほぼ終えることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
中性子散乱法を有機物を骨格に持つ錯体に応用する試みはほとんどなされていない。その理由として、散乱断面積の大きい軽水素を一切含んではいけないこと、同様にホウ素原子を含んではいけないこと、希土類金属イオンにおいても対応可能な元素が制限されること、などがあげられる。もちろん、単分子磁石として十分な特性を持つものでなければならない。報告者はこの2年の研究において世界で初となるセリウム(III)を中心金属とする単分子磁石の合成に成功し、報告してきた。また、二例目となるネオジム(III)を含む単分子磁石の合成にも成功しているが、分子構造はセリウム(III)の錯体と同構造であり、磁気構造について直接の比較が可能である。従来は良好な単結晶を得る方法としてテトラフェルニルホウ酸塩を用いていたが、これらの錯体はホウ酸塩を一切含まずに結晶化に成功しており、磁気的挙動も優れていることから、中性子散乱実験に最適なサンプルであるといえる。以上の単分子磁石探索に並行し、配位子の重水素化の合成も進め、グラムオーダーでの合成にも成功しており、3年目の中性子散乱実験へ向けた準備は完了している。さらに、本課題に先立って中性子散乱測定に成功したテルビウム(III)-銅(II)単分子磁石についてデータの解析を終え、論文として著すことができた。以上より、希土類単分子磁石を対象とする中性子散乱実験に対し、理論的に考察するための準備も完了しており、本課題研究は順調に進行しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度においては、まず、セリウム(III)、ネオジム(III)、ジスプロシウム(III)を中心金属として持つ三つの等構造な錯体を対象に、中性子散乱実験用のサンプルをそれぞれ4~5gずつ合成する。配位子においては98%以上の重水素化率を実現しているが、一方で錯体合成に使用する溶媒も重水素化したものを用いて軽水素の混入を防がなければならない。従来の合成法では、5g程度の錯体を合成するために1リットル以上の重溶媒が必要になり、高価なことから、これまで以上に効率よく錯体を合成できる条件を追及していく。測定に関してはJ-PARCにおけるマシンタイムが取れなかったが、ミュンヘン工科大学における測定課題を申請中であり、認められた場合にはセリウム(III)錯体を皮切りに各錯体の中性子散乱を測定し、それぞれの錯体における磁気微細構造の解明と比較、構造との相関、磁化反転の詳細なメカニズムについての考察を行う予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本研究の2年目である昨年度から本格的に物質探索・合成実験を開始し、現在中性子散乱実験に最適なサンプルの探索を終え、これから本格的なサンプル合成を行う予定である。サンプル合成には大量の重溶媒(重エタノールや重アセトニトリル、それぞれ1リットル以上、それぞれ数万円)を必要とするが、その合成が数か月遅れたため、昨年度は若干の予算の残額が生じた。 上記の通り、残額の8万円は重溶媒を2リットル購入するには足りない程度の額である。3年目である本年度は早い時期にサンプル合成を行う予定であり、その過程において残額は直ちに使い切ることになる。
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Research Products
(11 results)