2014 Fiscal Year Annual Research Report
潜在能力アプローチによる個人の選択機会集合の多次元的指標の開発に関する基礎的研究
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26245035
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
後藤 玲子 一橋大学, 経済研究所, 教授 (70272771)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
喜多 秀行 神戸大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (50135521)
DUMOUCHEL PAUL 立命館大学, 先端総合学術研究科, 教授 (80388107)
森口 千晶 一橋大学, 経済研究所, 教授 (40569050)
小塩 隆士 一橋大学, 経済研究所, 教授 (50268132)
坂本 徳仁 東京理科大学, 理工学部教養, 講師 (00513095)
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Project Period (FY) |
2014-06-27 – 2018-03-31
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Keywords | 社会的選択ルール / ケイパビリティ(潜在能力 ) / 多次元指標 / 個人の選択機会 / 厚生主義 / ベッカー=ランカスター型最適化モデル |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、潜在能力アプローチの臨床的適用を図るための基礎理論を提供することにあった。1979年にA.センによって提唱された潜在能力アプローチは、財-効用空間上に定義される経済主体間の生産・分配・消費活動という従来の経済学の枠組みではとらえられなかった人の生と存在を指標とする点に特徴がある。医療や福祉、交通計画など多くの分野から注目され、その応用が試みられた。だが、実際のところ、潜在能力アプローチの定式化の方法は自明ではない。 本研究では、「多次元性」と「集合」という潜在能力指標の本質的性質を捕捉しながら、個々人の評価を基礎にして定式化する方法を試みた。具体的には、①潜在能力概念を含む多次元指標一般に関して、いくつかの規範的公理と反射性・推移性を満たす非完備的な「社会的選択ルール」を構築した。②ロールズ正義論の再解釈を通じて、「基本的潜在能力」の複数性と社会的意思決定の分権性を体現する非完備的で非対称的な社会的選択ルールの規範哲学的な妥当性を示した。③ベッカー=ランカスター型最適化モデルに基づく理論的定式化を行った。 これら一連の研究は、個人の選択機会集合の多次元的指標開発の新たな方法を指し示す。だが、経済政策の基礎理論とするには考察すべき次の論点が残された。現実の経済活動を、私的所有制度と普遍的価格=価値体系を所与とした個々人の効用最大化にもとづく「均衡」、パレート最適の実現ととらえる枠組みが従来の経済学だとしたら、さまざまな不利性を被っている個々人の状態をもとに、私的所有制度と普遍的価格=価値体系それ自体を批判的に精査する枠組みが潜在能力アプローチである。上記モデルと伝統的モデルの哲学的基礎を比較探究する作業が今後の課題として残された。さらに、上記モデルを実証研究に応用しつつ、その理論的改善を図ることが今後の課題として残された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成26年度の最大の成果は、個人のケイパビリティを、機会集合からの本人の選択との関係に留意しながら、いかにして同定すべきかという問いに対して、一定の理論的解答を与えた点にある。分析にあたって、本研究は、ベッカー=ランカスター型の最適化モデルに依拠してケイパビリティを定式化することを試みた。同モデルの利点は、選択肢に関する個人の選好評価と制約条件を、同時にとらえることを可能にする点にある。財空間から機能空間への移行に伴い、個人の合理的行動は、所与の制約条件のもとでの最適な諸機能ベクトルの選択として定義される。空間の移行に伴って、最適化条件に関してどのような変化が現れるかがここでの分析課題とされた。 結論は次の通りである。ベッカー=ランカスター型の最適化モデルは、伝統的な効用アプローチとケイパビリティ・アプローチとの相違を、一定程度、浮き彫りにする。ただし、制約条件下での個人の合理的な最大化行動という仮定は、本人が現にもつ選択肢集合は、何であれ、本人の自律的な選択に基づくものであるから、ケイパビリティ不足の補償政策の実行にあたっては、本人が現にもつ選択肢集合ではなく、本人の選好評価から独立に、本人が客観的に獲得できたはずの利用能力、それにより本人が享受できたはずの選択肢集合を、本人のケイパビリティとして同定すべきだという議論を導出する。だが、この議論は、資源を変換し諸機能をもたらす本人の「利用関数(能力)」は客観的である一方で、少なくとも部分的には、本人の主観的な効用や自律的な選択に依存して変化する可能性のある点を見逃す恐れがある。 本研究は、個人の選択と選択機会、それぞれが内包する主観性と客観性、ならびに、個別性と位置性をとらえ直すこと、そのとらえ直しを通じて、個人の自律と責任、アイデンティティと自由に関する従来の研究に新たな知見を加えた。
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Strategy for Future Research Activity |
ベッカー=ランカスター型の最適化モデルの第二の利点は、消費行動と生産者行動を結びつけること、還元すれば、機会集合からの選択という個人の最適化問題を、①「高次利用関数」生産関数に基づく最大化問題、ならびに、②「低次諸機能」評価関数に基づく最大化問題という2つの角度からとらえることを可能とする点にある。平成27年度は、このモデルの理論化をさらに進め、その哲学的基礎を固めるとともに、実証的研究への応用に着手する。 実証的研究の柱は、次の4つである。①「視覚障害者の移動・就労支援サービス指標」の開発と潜在能力の測定、② コミュニティ調査の展開に基づく「障害者・高齢者の地域公共交通へのアクセシビリティ指標」の開発と潜在能力の測定(喜多・四辻)、③日本・スウェーデン患者比較調査の展開に基づく「患者のwell-beingとfreedomから見た看護サービスの指標」の開発と潜在能力の測定、他に、これらとの比較で、次の研究を行う。④「熟議的・主体的厚生指標」の開発と厚生の測定。 以上のうち、①に関しては中規模アンケート調査を実施し、得られた結果を(最終年に実施予定の)質的調査で修正する手順をとる。理論・哲学研究の柱は次の通りである。第一に、(beyond GDP指標の基盤ともなった)規範経済学の基礎理論と上述した潜在能力アプローチの定式化との異同を解明する。具体的には、①「無差別曲線」(限界代替率の変化)に着目する「平等等価」理論・「無羨望」理論との比較研究、ならびに、②効用の「絶対価値」から「相対価値」へ視点を移行させた新厚生経済学の学説史上の意味(19世紀末に起こった「限界革命」、理論・歴史学派論争に遡る)の探究を行う。第二に、評価の形成方法に関する基礎理論の確立に向けて、アロー的社会的選択モデル、ロールズ社会契約モデル、センの公共的討議モデルの異同を哲学的・学説史的に解明する。
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Research Products
(18 results)
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[Book] Social Bonds as Freedom2015
Author(s)
Gotoh, R. and Dumouchel, P (eds.) Gotoh R., Dumouchel P., Sassen S., MagattiM., Thevenot I., Honneth A., Levey G., Mahajan G.
Total Pages
印刷中
Publisher
Berghahn Books
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