2015 Fiscal Year Annual Research Report
被害・リスク・合理性をめぐる記述性/規範性の交差を通じた災害復興のための哲学構築
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26284002
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
一ノ瀬 正樹 東京大学, 人文社会系研究科, 教授 (20232407)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
Dietz Richard 東京大学, 人文社会系研究科, 講師 (10625651)
榊原 哲也 東京大学, 人文社会系研究科, 教授 (20205727)
石原 孝二 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (30291991)
松浦 和也 東京大学, 人文社会系研究科, 研究員 (30633466)
鈴木 泉 東京大学, 人文社会系研究科, 准教授 (50235933)
野村 智清 東京大学, 人文社会系研究科, 助教 (90758939)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 被害 / リスク / 合理性 / 災害 / 記述性 / 規範性 / 復興 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究代表者の一ノ瀬は、前年度の論文「「いのちは大切」、そして「いのちは切なし」」の続編として「断章 いのちは切なし」を発表し、福島原発事故の後に発生した震災関連死の増加の問題を「避難弱者」というキーワードから改めて検討し、「果たしてそれは不可避だったのか」という問いのもと哲学的に検討した。そうした議論は、原発事故後に放置された動物の様子にも視線を向けることによって人間と動物の道徳的位相のはざまを描出する作業でもあった。またより抽象的な次元で規範性と記述性の対比の問題を取り上げ、曖昧性や確率の概念を利用して、そうした対比が必ずしも二律背反的なものではなく、互いに浸透し合うものであることを英語論文として執筆し、国際ジャーナルのSyntheseにアクセプトされ刊行した。この議論は、災害現場での記述的現状と規範的対策という対に直結するものであり災害復興の哲学構築の基盤となる。しかるに、災害復興というとき、問題となるのは、被害原因の指定である。それが、責任の所在を明らかにし、将来の同種の災害に対する備えともなっていく。この点に関して、研究代表者は、責任の認識論に関する、もう一つの英語論文において、一定の道筋を提案した。また、一ノ瀬、研究分担者の鈴木、そして景山洋平の三名にて、平成27年12月に福島県に出張し、福島市で開催された「「放射能」はなぜ嫌われるのか」というシンポジウムに参加し、南相馬市立総合病院や飯舘村を訪れ、現状を視察した。、榊原は、ケアの現象学の研究をさらに推し進め、透析患者に焦点を当てた斬新な論考を発表した。鈴木は、内在的因果などに関する論文を発表し、普遍的な概念である因果性についての哲学史的なアプローチによる研究を展開した。石原は、当事者性の研究を一層進展させ、その成果を口頭発表した。野村は、バークリ哲学に即して、哲学的議論と常識との間の相関について研究を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
平成27年度は、研究代表者そして研究分担者全員が被害、リスク、合理性をめぐる研究に関して前年度の基礎固めの段階よりも一歩前に出て具体的展開を遂行した年であったと総括できるだろう。そして同時に災害復興について単に実践的あるいは技術的に論じるというのではなく、優れて哲学的に方策を探るという本プロジェクトの特徴に沿った形で、因果、責任、ケア、常識、といった普遍的概念についての掘り下げた研究の遂行にも踏み込んだ。例えば研究代表者の国際ジャーナルに掲載された英語論文ではG.E.ムーアの「自然主義的誤謬」の議論以来厳格に区分されることが当然視されてきた「事実」と「規範」の区分について改めて振り返り、事実から規範が発生する側面、規範的な言語使用などから事実記述が成立する側面、そして「残酷な」のような事実と規範の様相が混じり合う側面、といった点への注目を媒介して事実に関わる記述性と規則に関わる規範性つまりは「である」と「べき」との対比に関して、その融合あるいは相互浸透のありようについて確率と曖昧性の概念を考慮に入れながら、双曲線モデルを提案した。こうした議論は、自己や災害後の対応についての実際に発生した事実と、それを遡及的に振り返ったときに「どうすべきだったか」との、双方向的な検討を理論的に支持する考え方となりうる。また、研究代表者は、平成27年10月に北京で行われた国際学会にて、やはり福島原発事故に沿った形で、福島県における震災関連死の突出した増大の原因は何か、という問いを提起して、原因および責任指定の理論的可能性について論じた。そこでは、反事実的条件文を用いた、デイヴィッド・ルイス以来の因果関係分析の手法を援用しながら、操作可能性の程度と規範性の程度という、二重の程度概念による分析を提案した。これは災害復興の哲学に直結する哲学的議論の例になるだろう。そのほか、福島の現地に視察に赴いた。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は、前年度までの成果を踏まえ、現地福島での実際的な調査や、実践的含意を持つ議論構築を継続して行うとともに、哲学的な見地からの理論的探究と、その現実問題への応用という、本プロジェクトの主題にさらに肉薄した研究を展開したい。ひとつには、エネルギー問題や環境問題のような、世代をまたぐ規模の大きな問題に対して適用が模索されてきた、いわゆる「予防原則」に関する理論的検討を改めて行いたい。その際、予防原則の考え方を、「反事実的条件文」に対するきわめて特殊なスタンス、すなわち、後件が確定しているとする視点をとる意思決定原理として解釈して、それに対して、前件も後件も確定していない普通の条件文、つまり「直接法的条件文」としてリスクの現実化に向き合おうとする「前進原則」を対置させて、両原則を比較対照させながら考量していくという方策を採用したいと考えている。やや細かく言うと、この方策を採用するに当たっては、条件法と条件つき確率とを結びつける必要があり、しかしそうするためにはかつてデイヴィッド・ルイスが提示した「トリヴィアルティ結果 」という強力な批判を回避しなければならないのだが、その点について、私たちは、アーネスト・アダムズが展開した「条件法の論理」を適用することによってルイスの批判を回避しようと予定している。その他、福島に再び視察に入ったり、あるいは、平成28年4月に発生した熊本地震の被災地にも機会があれば入ったりして、災害の現状をまずはじかに触れる活動を継続的に行う。そうすることで、いわば非日常の状況の中で、人々はどのように意思決定をしているのか、すべきなのか、という事実と規範の両面を絡めた考察の基盤を固めるとともに、そうした考察が、単なる理論構築に留まらず、現実の災害復興に関して、たとえ側面的なものであれ、実際の貢献を果たすこと、それが本プロジェクトの狙いである。
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Causes of Carryover |
今年度に購入を予定していた研究図書の刊行が来年度にずれ込んだために34,373円の次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
昨年度計画していたが刊行の遅れた研究図書を購入することを計画している。
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