Research Abstract |
上記の研究を3年間で取りまとめるため, 初年度は, 19世紀英国の時代的背景と, そこに誕生した芸術運動, ラファエル前派について考案した. 各国が近代化を推進していた19世紀, 工業先進国であった英国のラファエル前派の活動が, ひろく世界に影響を与え, 象徴主義や世紀末芸術一般へと流れていった過程については, 既に指摘されている. 今回は, 増強する生産技術と旺盛な消費意欲に支えられて, 大衆の生活の中で新らたな役割を担いはじめた彼らの仕事, デザインを研究の対象とした. ラファエル前派は, ヴィクトリア朝に生まれた芸術の騎士の物語である. ドン・キホーテのように, 彼らの頭の中は, 中世の騎士道で満たされ, 風車の代りに機械と戦いドラゴンの代りに鉄道に挑んだ. それは, 芸術, 宗教, 政治, そして椅子やテーブルまでを通り抜けたヴィクトリア朝の光であったのである. 一見, 何の新しさも読み取れない絵の中に, 実は, 神の国を指し示す従来の宗教画から, 神の国を地上に建設するデザインへのコペルニクス的転回とでもいうべきものが, 隠されていたのである. 詩人として, デザイナーとして, 社会主義者として, ラファエル前派の最も広汎な才能であったウィリアム・モリスは, 絵を描くことをやめて, 中世の職人のように椅子やテーブル, ステンド・グラスや布をつくりはじめた. クラフツマンシップから社会秩序を変えることを企てたモリスによって, ラファエル前派の絵の背景が, 生活空間へとさしかえられてゆくのである. さまざまなデザイン行政が試みられていた英国においては, 1836年, 既に国立デザイン学校が誕生している. しかし, 近代デザインがそこに始まるのではなく, 一面において極めて反動的な中世主義者たちの文芸を基盤に広がってゆくのは興味深い. デザインが, 産業や国家事業からの要請だけでは成立しえない証左でもある.
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