1988 Fiscal Year Annual Research Report
18、19世紀ロシア文学における「旅」のイメージについての研究
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63510271
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
津久井 定雄 大阪大学, 言語文化部, 助教授 (30011357)
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Keywords | ロシア文学の「旅」 / 感傷主義 / ロマン主義 / カラムジーン / ラジーシチェフ / プーシキン |
Research Abstract |
啓蒙期から1830年代までの文献に基いた研究により、次の知見が得られた。 「旅」のイメージの基低には、啓蒙開化の先覚者としてのビョートル大帝のヨーロッパ旅行のイメージ、フォークロアにおける神の人アレクセイの放浪のイメージなどが蓄積している。「旅」の詩学的契機として、ロレンス・スターンの既成の観念連合を破る「脱線」にその作品の「感傷旅行」に代表される感傷主義的思潮、バイロンの東方詩群などが、ロシアの外から刺激を与えたが、ロシア文学の伝統が築かれて行くにつれて、「旅」のイメージの実質もロシア的なものとして豊かになって行った。 カラムジーン「ロシア人旅行者の手紙」は、西欧文化の批判的受容のための外国旅行のイメージを確立した。ラジーシチェフの「ペテルブルグからモスクワへの旅」は、退廃、虚飾、追従、権柄ずくの貴族と、辛酸を嘗めながらも他者への愛と信仰心、自負心を失なわないでいる農民との間の精神的対立の図式、抜け目のない小市民像、民衆の心に生きる聖者像等々の多様な対象を文学的素材として開拓した。プーシキンの南方詩の「旅」と、都会と自然(農村)という18世紀以来流行の対立図式に則って、その上に逃亡と復活というモチーフを重ねて形成された。虚飾と偽善の都会(権力中枢の周辺)を何らかの理由で逃れて「自然」の中に住む異民族の女性による精神的復活を願うというストーリーである。「カフカースの虜」、「ジプシー」がそのような主題の代表作であるが、「青銅の騎士」に至って、その逃亡モチーフは主人公の内面に内在化する。都会に縛りつけられるばかりか、「自然」によっても苦しめられる、悪夢の逃亡のみが可能である。外在的な「旅」が内在化することによって、その悲劇性は凝縮する。
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