2017 Fiscal Year Annual Research Report
トランスオミクス解析による低酸素応答のシステム的理解
Publicly Offered Research
Project Area | Oxygen biology: a new criterion for integrated understanding of life |
Project/Area Number |
17H05534
|
Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
松本 雅記 九州大学, 生体防御医学研究所, 准教授 (60380531)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | プロテオミクス / 低酸素応答 |
Outline of Annual Research Achievements |
地球上のほとんどの生命システムにとって分子酸素に対する細胞応答は重要な環境適応の一つであり、酸素濃度変化を検知し発現する遺伝子セットを量的・質的に変化させる。脊椎動物細胞における低酸素応答はPHD-HIF-1経路が最もよく知られているが、これ以外の経路の存在も示唆されている。さらに、細胞の状態に応じて酸素応答が異なることも知られており、低酸素応答システムの全貌は未だ不明である。本課題は、われわれが最近開発したiMPAQT法を中心とする定量トランスオミクスプラットフォームを用いて、いくつかのモデル細胞(正常、がん、老化など)における低酸素応答を、タンパク質発現量、水酸化、さらには代謝物の変動として包括的に計測し、それらの多階層データを統合的に解釈することで、既存の分子機構に依らない新たな低酸素応答システムの発見を目指す。平成29年度は正常線維芽細胞を用いて、通常の増殖期、がん、老化、および休止期の4つのモデル状態を確立した。また、絶対定量プロテオーム解析法であるiMPAQT法を用いて多数の代謝酵素の発現量の低酸素応答を時系列データで取得することに成功した。このように当初の研究計画は概ね順調に進んでいるが、タンパク質の水酸化部位同定に関しては生理的なプロリン水酸化と実験過程で生じるメチオニンやトリプトファンなどの酸化を区別することが困難であることが判明し、その解決のための技術開発等を実施したが、解決に至らず、次年度もさらなる検討が必要となった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
以下のように3つの計画のうち1)および2)は順調に進んでいるが、3)に関しては技術的問題点が明らかとなり対応をおこなっている。 1)ヒト正常線維芽細胞から4状態モデル細胞の樹立:ヒト正常線維芽細胞株であるTIG-3を用いて、i) 増殖期、ii) 静止期、iii) がん化、iv) 老化、の4状態を樹立した。具体的には、TIG-3にがん遺伝子〔SV40 T抗原とc-Mycなど〕を導入することでがん化細胞、がん遺伝子〔H-Ras(G12V)のみを導入して老化細胞、低血清と接触阻止を組み合わせることで休止期状態を作り出すことができた。2)iMPAQT法を用いた低酸素応答の定量プロテオーム解析:iMPAQT法は多数のタンパク質の絶対量を同時に測定する新技術である。主要な代謝酵素を対象に、低酸素暴露をがんモデル細胞に施し低酸素暴露への時系列データを取得した。3)水酸化ペプチドの低酸素応答計測:既知の水酸化ペプチドの同定は可能であった。しかしながら、新規に同定された水酸化ペプチドに関しては、その後のバイオインフォマティスク等を用いたデータ精査の結果、多くの場合はプロリンやリジンの水酸化を特定できていない可能性が明らかとなった。これは、メチオニンやトリプトファンに酸素付加が化学的に生じるためであり、これらをコントロールする手法の開発もいくつか試みた現時点では成功に至っていない。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は、より幅広い機能を持つタンパク質(シグナル伝達や転写関連タンパク質)などの計測も実施する。現行のiMPAQT法でも任意のタンパク質の計測は可能であるが、効率良い実施のためには安定同位体標識された評品ペプチドが必要である。そこで、iMPAQTデータベースに格納されている情報から、真に有効なペプチドだけを連結した人工組み換えタンパク質をデザインし、これを独自に作製したリジンおよびアルギニン要求大腸菌にて合成させることで、高ラベル効率の安定同位体標識タンパク質を得ることを試みる。これらの手法が確立できた時点で、老化や休止期の状態に対して低酸素応答を計測する。さらに、細胞内代謝物量をメタボローム解析によって計測する。メタボローム解析はイオンクロマトグラフィーMSや逆相クロマトグラフィーなどを駆使して、幅広い代謝物の変動を計測する。さらに、同モデル細胞に対して次世代シークエンサーを用いたトランスクリプトーム解析を実施する。 上記計測により得られた大規模定量情報を統合し、低酸素応答に関わる新規分子ネットワークをあぶり出す。具体的には、公共データベースに蓄積されてた膨大なタンパク質情報(パスウェイや局在など)に基づき本研究で得られたデータを統合し、既知情報と取得データとの相互関連を探索する。 また、水酸化部位の同定が困難な場合は、相互作用を元にPHD等の基質を探索する方向に切り替えることも検討する。現在、近位ビオチン標識法やクロスリンク法による相互作用解析法を比較検討中であり、これらの手法によって新規水酸化基質が見つかれば、大目標である低酸素応答分子ネットワーク拡張が期待される。同定された低酸素応答分子ネットワークに対して、ネットワークのハブとなっている分子を推定し人為的にかく乱 (ノックダウンなど)することで、低酸素応答における当該ネットワークの重要性を評価する。
|