計画研究
新学術領域研究(研究領域提案型)
細胞内は多種多様な分子が高密度で存在する「分子クラウディング」状態である.金属結合タンパク質の動態についても,細胞内では,クラウディング環境特有の相互作用(排除体積効果・非特異的相互作用)に加え,様々な「生命金属」イオンとの結合や,機能発現に関わる他の因子との特異的相互作用により強い影響を受けていると予想される.細胞試料を直接NMR測定するin-cell NMRは,生細胞中タンパク質の動態を原子分解能で解析可能な現存する唯一の手法である.本研究は,in-cell NMRを用いて,金属結合タンパク質が関与する生命現象のin situ解析を行うものである.
様々な金属結合タンパク質についてin-cell NMR解析を容易に行うための要素技術の研究を行っている.すなわち,(1)迅速で高感度な多次元NMR測定法,(2)高精度自動NMRデータ解析法,(3)細胞試料のマイクロ培養技術,(4)複合体形成やドメイン間相対配置の解析に資する常磁性NMR解析法の開発である.2022年度は特に(3)と(4)に注力して研究を行った.「細胞試料のマイクロ培養技術」については,植物培養細胞を用いたin-cell NMRの開発を行った.様々な困難さから,高等植物細胞を用いたin-cell NMR測定例は未だ報告がない.そこでNicotiana tabacum L. cv. Bright Yellow-2を用いてin-cell NMRの確立を目指した.植物細胞の細胞壁は,in-cell NMRで通常用いられる,電気穿孔によるタンパク質導入の障害になるため,細胞壁を酵素処理したプロトプラストに試料を導入する方法を試みた.モデルタンパク質としてヒト由来のユビキチン変異体(hUB3A)を用いた結果,予想以上に良好なスペクトルを得ることができた.「複合体形成やドメイン間相対配置の解析に資する常磁性NMR解析法の開発」については,ダイズ根粒菌の酸素センサーシステムFixJ-FixL二成分情報伝達系について解析を進めた.FixJは,2つのドメイン(FixJN,FixJC)を持つ.2022年度は,FixL-FixJ相互作用によるFixJ活性化の構造基盤を明らかにするためのNMR解析を行った.FixJに対するFixLの滴定実験からは,FixJNがFixLとの相互作用部位であること,FixJC表面の一部も結合に寄与する可能性があることが示された.FixJにFixLとATPを添加した実験では,FixJのリン酸化部位と構造上の近傍領域に顕著な化学シフトが認められた.
2: おおむね順調に進展している
本研究では,「生命金属科学研究基盤構築」として,in-cell NMR解析系の確立を,また「測定解析法の高度化」として,最先端の溶液NMR測定・解析手法,情報科学を用いたタンパク質の立体構造解析法などをさらに高度化することを計画し,これに従って2022年度の研究を進めた.2022年度は,その結果として,in-cell NMRおよび溶液状態のNMRについて要素技術開発で良好な結果を得ることができた.また,新しい要素技術を用いた応用研究においても,ヒトGRB2蛋白質の立体構造決定とSOS1蛋白質との相互作用解析など,生物学的にも興味深い成果が得られた.さらに,NMRを用いたFixJの溶液構造の解析,およびFixJとFixLの相互作用解析など,領域内の共同研究も順調に進捗している.以上のことから,2022年度に計画していた研究の多くについては当初の計画に従って推移しており,また本新学術領域内の他の研究者の研究にも利用できる技術の開発も進んでいることから,本研究は全体としておおむね順調に進展していると考えられる.
今後は,計画の修正を適宜行いつつ研究を継続し,(1) in-cell NMRの手法開発と高度化,(2) in-cell NMRを用いた金属動態に関わるタンパク質の解析(実証研究),(3) in-cell NMRを用いた応用研究,ついて研究を進めていく.(1)については,疾病を背景に持つ多様な培養細胞を用いたin-cell NMRの方法論的開発を継続する.さらに,2022年度に開発したBY-2細胞を用いた植物培養細胞を用いた系の最適化を進め,植物由来のタンパク質のin-cell NMR解析に挑戦する.(2)については,領域内の共同研究を通じて金属動態関連タンパク質に適用することで,前項で述べた手法の堅牢性を検証しつつ,実証研究をさらに行っていく.(3)については,in-cell NMRを用いた,疾病原因遺伝子産物と阻害剤候補分子の結合の「その場観察」の応用研究を継続して行う.具体的には,SARS-CoV-2 mainproteaseと阻害剤の相互作用解析や,ヒトKRASとエフェクター分子との相互作用解析を計画している.以上に加えて,単離精製された試料のための溶液NMR手法についても,ニーズに合わせた開発研究を行うことで,測定解析法の高度化を推進していく.
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