研究概要 |
1.「『死せる魂』の複製品-ボクレフスキイのイラスト史-」 19世紀半ばに画家ボクレフスキイが制作した『死せる魂』の挿絵の歴史を研究した。この挿絵は『死せる魂』のイラストの中でも特に優れた作品であると同時に、20世紀まで何度も出版されるほどの人気を得ていた。 研究は1.画家アーギンによる『死せる魂』との比較2.60年代文学からの影響3.イラストの流通の実態の三つの角度から行った。1,2からの考察を通じて、ボクレフスキイのイラストはテクストからの独立性が高く、単独で出版に耐える性格を当初から内在させていたことを検証した。そして3では本、雑貨から映画まで、イラストを載せたメディアの多様性を指摘し、ゴーゴリの作品がテクストだけでなくそれ以外の複製品によって支えられていたことを論じた。 2.「スイチン出版社と識字委員会の出版方針の比較」 19世紀後半に出版活動を行ったスイチン出版社と識字委員会の比較を行った。 両者は民衆の啓蒙を目的の一つとした活動を行ったが、出版物や方針は異なっていた。マーケティングの仕方、出版物の特徴、良書志向の有無という観点からその違いを検証した。そして両者の違いが読者としての民衆のとらえ方と啓蒙の観念そのものの違いに根ざしていることを分析した。識字委員会が民衆を良書によって強化すべき対象とする見方を維持したのに対し、スイチン社は民衆向けの本の多様化を進めた。 この研究を通じて、啓蒙という視点から、スイチン社に類する出版社がその後のロシア出版界を担う存在に成長する要因の一端を考察した。 以上の研究はメディア、出版社の活動という観点から19世紀におけるロシア文学の受容の実態を解明することを目的とした。 研究にあたっては、ロシアのペテルブルグ国立図書館、モスクワの書籍博物館、北海道大学スラブ研究センターにて収集した資料を用いた。
|