1.19世紀ロシア文学のメディア研究 19世紀にロシアでは文学をめぐる制度が大きく変わる。ある特定の出版物などの個別の事例を研究対象として、出版業や作家の職業形態の変化、読者層の拡大などの観点からこの制度的変化を捉え直す試みを行った。 (1)「マルクス社の『ゴーゴリ著作集』」 変化し続ける出版業界と読者集団のなかで、一人の作家に関する集団的な認識がいかに成立するかという問いをもとに、19世紀前半の作家のゴーゴリが1870年代のリバイバルと世紀末のゴーゴリブームを経て、世紀末に古典作家として広く認知されるプロセスの一環を調査した。 マルクス社の『ゴーゴリ著作集』は厳密なテクストの校正と22万部という発行部数が特徴である。この著作集の出版形態や読者の開拓法を、教育機関の増加、郵便事情の改善という社会的背景と関連付け、統計資料も用いて分析する。それを通じてマルクス出版社の出版目的に民衆の啓蒙と正統的な古典の確立があったことを論じる。 (2)「ドストエフスキイの職業意識」 1840年代にロシアで職業作家が増加する。この時期に作家デビューを果たしたドストエフスキイが、職業作家としていかなるアイデンティティを獲得したかを雑誌メディアの成長と原稿料制度の整備に関連付けながら、同時代の資料をもとに分析した。 2.18世紀のロシアの文化研究 「18世紀ロシアの磁器」 18世紀に始まったロシアの磁器生産に焦点を当て、その発展と貴族の生活における磁器の機能について考察を行った。 ロシアの帝室工房の磁器製品が、18世紀末に洗練されるまでの長い試行錯誤の歴史を整理した。その過程でロシアの磁器生産がたどる美的趣味の変遷、テーブルマナーと呼応して作られた磁器が担う食卓の演劇的な効果、美食の追求と食器の奇想趣味の関連について考察した。
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