研究概要 |
ヒトの学習は記憶が形成されていく過程に、脳内での物質の変化が伴っていることは想像に難くない。海馬CA1領域におけるシナプス長期増強(LTP)が動物の学習,記憶の基本モデルと考えられ,分子機構を明らかにすることで,脳の高次機能の解明を試みる研究が続けられてきた。阻害薬や遺伝子標的法によって,LTPの誘導には後シナプス膜に存在するNMDAグルタミン酸受容体が活性化され,後シナプスニューロン内にCa^<2+>が上昇し,CaMキナーゼIIを活性化することによって惹起されると考えられた。本研究では,後シナプスニューロン内のCaMキナーゼII活性化反応を探索する目的で,生理学,生化学,薬理学,分子生物学の観点から総合的に解析を進めた。 平成7年度には,Soderling,Mullerを日本に招聘し,共同研究について具体的に討論した。研究分担者・福永浩司をジュネ-ブ大学のMullerの研究室に派遣し,共同研究を行なった。平成8年度には,研究分担者・福永浩司を米国に派遣し,Soderlingとの共同研究に関する討論,およびスイス・ジュネ-ブ大学Mullerの研究室に2回派遣し,滞在して共同研究を行なった。1)海馬CA1領域におけるLTP誘導時に,CaMキナーゼII活性化反応に伴って,CaMキナーゼIIα,βサブユニットの自己燐酸化反応の増強が観察された。あらかじめAP5(NMDA受容体拮抗薬)を投与しておくと,LTP誘導時およびCaMキナーゼII活性化反応,自己燐酸化反応が阻害された。2)LTP誘導時における基質蛋白質燐酸化反応を調べた。前シナプスニューロンに局在の知られているシナプシンIおよび後シナプスニューロンに局在するMAP2の両方が燐酸化反応を増強させた。両蛋白質燐酸化反応の増強は,あらかじめAP5を投与しておくと阻害された。3)シナプシンIの燐酸化部位を調べると,主として部位IIの燐酸化が惹起されることがわかった。この部位はCaMキナーゼII燐酸化部位であり,酵素の活性化による標的蛋白質であることがわかった。4)阻害薬としてカルモデュリン拮抗薬であるカルミダゾリウムの効果を調べた。あらかじめ緩衝液中にカルミダゾリウムを添加しておくと,LTP誘導を阻止し,CaMキナーゼIIα,βサブユニット自己燐酸化反応,シナプシンI,MAP2燐酸化反応が阻害された。5)LTP誘導時,CaMキナーゼIIのCa^<2+>/カルモデュリン依存性活性の上昇から,酵素蛋白質そのものの増加が示唆された。抗CaMキナーゼII抗体を用いてイムノブロット法で調べると,βサブユニットの増加が示された。あらかじめAP5を投与しておくと,βサブユニット蛋白質量の増加が阻害された。6)LTP誘導時に,プロテインホスファターゼ2Aの調節サブユニット燐酸化反応がおこり,酵素活性の抑制が観察された。7)LTP誘導後の維持時には,遺伝子発現の増強が報告されている。LTP誘導時における,CaMキナーゼIV活性化反応と転写因子活性化反応,C/EBPファミリー転写因子活性化反応について予備的実験を行なった。本主題について今後も検討を重ねる予定である。 平成7年度:宮本英七は,第15回国際神経化学会議(京都)でワークショップを構成し,宮本英七,Soderling,Mullerが共同研究の成果を発表した。福永浩司は,同国際会議の別のシンポジウムに招待され,共同研究の成果を発表した。宮本英七,Soderlingは第4回国際脳機構世界大会のサテライトシンポジウム(東京)を構成し,宮本英七,福永浩司,Soderling,Mullerが成果を発表した.宮本英七,山本秀幸,Soderlingは第9回第2メッセンジャーと燐酸化蛋白質国際会議(米国)に出席し,成果を発表した。とくに,Soderlingの構成するワークショップにおいて,宮本英七,Soderlingが研究成果を発表し,討論を重ねた。国内学会において,宮本英七は第68回日本薬理学会シンポジウム,第26回医学会総会シンポジウムを構成および発表,第68回日本生化学会シンポジウムに招待され,研究成果を発表した。 平成8年度:福永浩司は第26回北米神経科学会において研究成果を発表した。第69回日本薬理学会において宮本英七はシンポジウムを構成し,宮本英七,福永浩司が研究成果を発表した。第69回日本生化学会において,宮本英七はシンポジウムを構成し,自身が研究成果を発表した。第39回日本神経化学会シンポジウムにおいて,福永浩司が研究成果を発表した。
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