研究概要 |
「アルハンゲリスク福音書」のテクストは,いわば堅固なシンタクスによって書かれた古代教会スラブ語の元来のテクストのごく一部を,体系的にではなくごく散発的に侵蝕容易な箇所をまずロシア語化したものであるといえる。その度合は「オストロミール福音書」よりも大であり,この本が古代教会スラブ語の規範から極力逸脱することを嫌って書かれたのに反し,「アルハンゲリスク福音書」はやや自由に少々逸脱して書かれたと想像される。このロシア化とは具体的には次のものが主である。A)文字:1)〓,〓ともに鼻音を表わさぬ。〓の出現はまれ,〓は用いず。2)〓,〓の文字の使用。3)子音との2点の使用。B)音と綴り:1)共通スラブ語tj,djはOCS形st,zdと古ロシア語形をc,zが併存。2)полногласиеも行なう場合と否の場合併存。3)子音間の〈流音+jers〉はほとんどロシア語形。4)jersの使用は正しい。例外あり。5)綴りは語単位で散発的にロシア語的綴りも併有。さらに各語でそれぞれの綴りを固定化する傾向あり。C)形態:1)名詞のI.Sg.m.は-ъмь,-ьмь.I.Sg.n.はьмь.2)代名詞тъ1,с〓〓〓はD.Sg./L.Sg.でтоб古,со〓古形あり。3)代名詞〓のA.Pl.で〓の形あり。4)動詞3人称語尾-тьが一般。5)主にитиの類の動詞で、Arch^1は3.Pl.でroot-aoristを,Arch^2はではox-aoris+を用いる傾向。D)用法と語彙:1)l-分詞のみで過去形を表わす例2つ。2)OCSの他のカノンに現われぬ語彙の出現。3)動詞接頭辞,同格支配の変更等あり。これらはすなわち本書が東ブルガリア系のオリジナルの機械的書写ではなく,最初期依頼のOCSの語彙を巧みに用いて編集し直したことを意味する。オリジナルは「ムスチスラフ福音書」のオリジナルとは別タイプと想定。以上「アルハンゲリスク福音書」におけるOCSの規範からの小さな初動的逸脱こそ,古代ロシア文語を伐立させる萌芽の第1歩とみることができる。
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