研究概要 |
サケ科魚類は,幼稚魚期に母川の匂いを学習により記憶し,成熟後この匂いの記憶を頼りに母川に回帰する(ハスラ-とウィスビ-の嗅覚仮説).しかしながら,嗅覚記憶に対応した神経活動(neural correlate)や嗅覚記憶の形成/読み出しの機構に関しては,殆ど分かっていない.平成7年度の研究により,記憶の要素的過程と考えられているシナプス伝達の長期増強(LTP)に相当すると思われる現象が,魚類(コイ)の嗅球(第1次嗅覚中枢)で生ずることが示された.すなわち,コイの嗅索に低頻度(5〜10Hz,200パルス)のテタヌス刺激を与えると,嗅球シナプス(僧帽細胞→顆粒細胞シナプス)長期および短期の可塑的変化(長期増強LTP,短期増強STP)を示すことが分かった(安西と佐藤,日本水産学会平成8年度春季大会).この際,嗅球に誘発されるフィールド電位をシナプス伝達の指標とした.平成8年度の研究では,サケ科魚類(ヒメマス,ニジマス,およびスチールヘッドトラウト)の嗅球においても同様のフィールド電位が記録できるかどうか,また,フィールド電位が可塑的変化を示すかどうか検討した.その結果,サケ科魚類嗅球においても,(1)終脳吻側の腹側部を電気刺激することにより,コイと同様のフィールド電位が誘発されること,および,(2)この部位をテタヌス刺激(8Hz,200μA,503パルス)した後,フィールド電位が可塑的変化を示すことが分かった. サケ科魚類嗅球にコイと同様の可塑的性質を示すフィールド電位が誘発されたことは,サケ科魚類とコイの嗅球が共通のシナプス構築を持っていることを意味し,コイの嗅球がサケ科魚類嗅球のモデルとなり得ることが示されたことになる.「ヒメマスの嗅球シナプスが,川降りをする磁気に可塑性を示す」かどうかについては,今後の慎重な検討が必要であろう.
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