本年度は本研究課題の土台となる、カント倫理学の基礎的な問題をめぐる研究に重点的に取り組み、その成果を主に学会発表というかたちで公表することができた。 まず日本哲学会における発表「「純粋悟性概念の演繹」の倫理学射程--学と智慧--」では、カント『純粋理性批判』における「純粋悟性概念の演繹」部分の第一版・第二版の相違を、カント倫理学の主張との連関に留意しながら、あらためて再解釈し論じたものである。この研究により、『純粋理性批判』における「純粋悟性概念の演繹」部分の異同という、従来研究者のあいだで大きな議論の的となっていた箇所に新たな観点から光を当てることができた。またカントは歴史哲学にかかわる重要な論考を、『純粋理性批判』第一版と第二版の刊行のあいだの時期に発表しており、この研究発表は発展史的な観点から本研究を準備するものである。 また日本カント研究における発表「徳は教えられうるか--カントの徳理論における知と意志--」では、「徳は教えられうるか」という、古代以来の倫理学の古典的なテーマを、徳倫理学の復権という現代倫理学の動向にも留意しつつ、カント倫理学に関して検討したものである。カントの歴史哲学において、人類の道徳化は、歴史の最終的な地点にも位置づけられる重要な問題である。この研究発表はそうした道徳化の問題を、カント倫理学の理論的な構成の問題の観点から検討したものと位置づけることができる。
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