三年間の研究期間の一年目にあたる今年度は、三年間の基盤となる基礎的な文献調査に主に従事した。そのため公表できた研究成果は少なかったが、三年間の基盤を確立することができた。論文「欲求能力・理性と歴史-人文学の起源をめぐる-試論」では、カントの歴史晢学の基本的な構図を支える人間理性論を、従来の諸研究とは異なる角度から検討した。ここでは、近年の代表的なカント歴史哲学の研究を参照しつつ、欲求能力に関わる上級認識能力というカントの最終的な理性の定式化の意味を、批判期の諸著作における欲求能力論を通覧し、またバウムガルデン『形而上学』「経験的心理学」における欲求能力論との対照を取ることにより、解明することを試みた。こうした作業により、欲求能力に世界についての知や世界の存在に対する特異な独立性を認めるカントの理性論・欲求能力論る、ライプニッツ以来のカントに先行するドイツ啓蒙晢学に対しての独自性と、ヘーゲル・マルクスら後続する思想家に引き継がれることになる、世界しいう領域を、晢学的思考によって考究されるべき領域として開いたことを指摘した。このことは、人間と社会・世界をめぐる大きな思想史の流れのなかに、カント晢学の基本的な立場を位置づけ、その意味を可視的にするという研究としての意義とともに、また社会や人間的世界をめぐる思惟を、より基礎的な人間の心性と世界との関係をめぐる思惟から検討し、基礎づけるという原理論的研究としての意義、この両側面を有する。
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