研究概要 |
本研究では,19世紀後半におけるアンサンブル概念に基づく統計力学の発展を,物理化学の発展と結びつけて理解することを目指している.本年度夏季までは,先行研究を消化しつつも,前年度までに得られていた成果を発表し,議論を行うことで,より精緻な描像を得ることを目指した.これについては,2件の口頭発表を行った.そのうちのひとつの発表では,これまで筆者が気付いていなかった研究手法上の欠陥を指摘されたが,同時に様々な刺激を受けることともなった.今後いっそうの史料調査・文献読解を進め,また議論の構造を見直すことで,可能な限り早く論文を投稿したいと考えている.また,夏季からは,上述の学会で寄せられた指摘を検討するためもあり,いったんボルツマンの思想的・哲学的思索を検討することに時間を充てた.特に問題としたのは彼の認識論である.この検討の成果として,ボルツマンの講義録「力学の諸原理について」を翻訳した.いわゆる「力学的世界観」が述べられるこの論考でも,ボルツマンは認識論的な問題に言及し,またこの観点から電磁気学的世界観やエネルギー論の可能性にも言及している.これほど興味深い内容を備えているにもかかわらず,「力学の諸原理について」はこれまで本邦未訳であったため,この翻訳によって一定程度の貢献ができたのではないかと考えている.冬季には,新たにマックス・プランクの熱力学研究と,黒体放射研究の検討を開始している.これまでのプランク研究では,おもに黒体放射の研究から量子論の誕生に至るまでの過程(19世紀末から1910年代前半)が探究されてきたが,筆者の見解では,この過程を理解するために,1880年代から90年代前半にプランクが行っていた,熱力学に基づく物理化学研究の内容をおさえることが有効である.これについては,本年度中に論文にすることは出来なかったが,出来るだけ早く成果を発表したいと考えている.
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