研究概要 |
「エタノールによる心筋細胞のミトコンドリアの融合・巨大化は、呼吸能の低下を代償する機構である」という仮説を検証し、その融合・巨大化のメカニズムの解明を目的とする。初代培養マウス心室筋細胞を0,50,200mMのエタノール培養液に曝露し、1,3,24時間後に、以下の方法で変化を計測した。 1.【flow cytometryによるミトコンドリア巨大化の数値化】 (1)心筋細胞ミトコンドリアの大きさや膜電位(ΔΨm)などを検討するために、3つのミトコンドリア特異的な生体染色蛍光色素(JC-1(橙色蛍光と緑色蛍光の強度の比=ΔΨm;ATP合成能);MitoTracker^<【○!R】> Green FM(MTG;ミトコンドリア容積に比例);dihydrorhodamine 123(DHR;ROS発生量、ミトコンドリア呼吸鎖の機能の指標))で染色し、flow cytometryで測定して、エタノール曝露細胞の蛍光強度を非曝露群と比較した。ΔΨm(JC-1)が増加するのは、呼吸鎖での基質の酸化が進み膜内外のH^+勾配は形成されるが、ATP合成に利用されていない場合と考えられる。 (2)【200mMエタノール曝露の効果】心筋細胞のミトコンドリア容積と個々の大きさが、曝露1時間後から次第に増大することが、細胞と単離ミトコンドリアの両方のMTGの蛍光量増加から示された。FSC(cell size)/SSC(granularity)(ミトコンドリア膨化の指標)は、24時間後に濃度依存的に減少したので、心筋細胞のミトコンドリアは、FSC/SSCがエタノール濃度に関係なくわずかに増加した非筋細胞と異なって、エタノールにより膨化を起こさず増大することが、光散乱因子でも示された。心筋細胞のΔΨmは曝露1時間後から次第に大きくなる一方(=ミトコンドリアにおけるATP合成は抑制されたまま)、呼吸鎖(DHR)は3時間後まではむしろ少し抑制されるが、24時間後には回復するか、むしろ亢進した。即ち、「心筋ミトコンドリア呼吸機能のエタノールによる阻害」は、flow cytometryによっても確かめられた。50mMエタノールではこれらの変化は小さかった。蛍光顕微鏡でもJC-1の橙色蛍光のエタノールによる増加を確認した。従って、心筋細胞のミトコンドリアは非筋細胞とは異なって、エタノール曝露によるミトコンドリア呼吸機能の低下に対して、ミトコンドリアの増大・巨大化という反応で対応して、呼吸鎖の機能の回復をはかり、拍動に要するエネルギー需要をまかなっていると考えられた。冒頭に掲げた仮説を十分には立証できなかったが、矛盾する結果もなかった。 2.【シグナル伝達系】FITC-2次抗体を用いてNF-κBp65量をflow cytometryで測定した。心筋細胞の50mMでは変化がなく200mMの1時間から増加した。一方、非筋細胞の50mMでは減少傾向で200mMでは変化はなかった。従って、ミトコンドリア巨大化にNF-κBの関与の可能性が示唆され、かつ、少数の細胞サンプルの特定蛋白の変動の検出におけるflow cytometryの有用性が示された。
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