今年度は市内中心部の邸宅カーザ・サンピエーリのフレスコ作品群を中心的な考察対象として研究に取り組んだ。以下、今年度の研究概要とその具体的成果を記して研究実施状況の報告とする。 サンピエーリ邸の居室装飾のうち、今回は1階の隣接する三つの広間にわたる作品群を考察対象とした。このうち天井部の3点についてはヘラクレスが神格化されるまでの上昇過程という連続的なシナリオを読み取りうるのに対し、暖炉上の3点の壁画については主題上の関連性を認めえないことから、先行研究でもプログラムの解釈は曖昧なままにされてきた。本研究ではこの点を問題視し、従来漠然と〈悪徳〉とのみ称されてきた暖炉上の3点が、ある固有の寓意性を持つ主題として選択されたものであること、また、各広間の天井画と壁画とのあいだに、プログラム上の対応性を読み取りうることを示した。具体的には、ダンテ『神曲』地獄編の本文とその註解書を手掛かりに、怪物カークス、巨人エンケラドス、そして欲望の神プルートーという三つのモティーフが、16世紀当時の神話受容のなかで教訓化された寓意性を持つものであることを明らかにした。サンピエーリ邸の作品群は、単にヘラクレスの功業譚を視覚化した「物語連作」ではなく、教訓性を秘めたエンブレマティックなものとして読み解かれるべきであると考えられる。またカラッチ一族の画業全体においては、バロックのモニュメンタルな作品であるファルネーゼ宮殿の装飾プロジェクトに結実してゆく、重要な一過程に位置づけられる。本考察を通じて、対抗宗教改革が強力に推し進められた16世紀末のボローニャにおいても、神話主題の絵画は教訓化されることでその命脈を保ったのではないかという一定の結論に辿り着くことができた。 この研究内容に基づき、今年度5月には美術史学会全国大会で口頭発表をおこなった。また学会誌『美術史』への投稿論文も査読を経て採択された。
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