研究概要 |
地球温暖化が進行した場合の極地における植物病原菌の変動予測の基礎資料を得るために,北極に生息する植物病原菌の病原性,分類学的特性および野外における生態を調査した。 北極(スピッツベルゲン島とグリーンランド)およびノルウェー山岳地域のコケから分離された土壌伝染性植物病原菌のピシウム属菌計314株について,植物病原性と分類学的特性(培養形態およびリボソームDNAの塩基配列)を調べた。その結果,スピッツベルゲン島で4種,グリーンランドで2種,また,ノルウェー山岳地域で1種の同属菌が確認され,いずれも既存の種と分類学的特性が異なることから新種と考えられた。これらのほとんどは試験管内での接種実験でコケやコムギ葉に病原性を示した。いずれの種も菌糸生育適温が22〜28℃であったことから,北極域が温暖化すると活性化し,この地域の重要な1次生産者であるコケの生育に影響を及ぼす可能性が示唆された。 2003年から2006年の毎年7〜8月にスピッツベルゲン島のカギハイゴケ群落に設置した調査区(15cm四方区画×6反復)におけるピシウム属菌の分離頻度を調べた。その結果,カギハイゴケに生息するピシウム属菌の分離頻度は,2003年から2006年にかけて徐々高くなる傾向が認められた。調査区の土壌温度は,2003年からの4年間において顕著な増加は認められなかった。これらの結果から,カギハイゴケに生息するピシウム属菌は北極の自然条件下で徐々に密度を増加させていることが示されたが,菌の増加と土壌温度との相関は明らかにならなかった。今後,土壌温度以外の要因(土壌湿度など)と菌密度との関係を調べる予定である。 北極海沿岸の主要植生であるムカゴトラノオの生存に及ぼす黒穂病菌感染の影響を調べた結果,黒穂病が感染するとムカゴトラノオの生育と寿命が減少し,生存率が低下することが明らかになった。
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