研究概要 |
社会には多くの制度・ルールが共存し,一つの均衡状態に至る不均衡の過程ではない.複数の制度は(自己)拘束的であるだけでなく,(自己)改変的な関係も持つ.我々は,制度と行為の相互作用を通じて多様性を維持しつつ自律的・自発的に変化する過程としての経済進化を理解する概念として「制度生態系」を位置づける.これは,ルールとその発現である状態,オペレータとオペランドの分離ができないという複雑系としての性質からもたらされる. 制度生態系概念による実際の制度変化の分析と制度設計理論の発展を目指して,アルゼンチンの通貨制度の調査を行った.アルゼンチンの金融制度は,政府のデフォルトが起きるなど不安定であり,国家通貨であるペソの信用が低い.それを補完するように,ドル,州債通貨,地域通貨がかなりの程度流通していた時期があった.現在,州債通貨はほとんど使用されず,地域通貨ネットワークに参加する人数も最盛期からかなり少なくなっている.このような様々な通貨が併存し互いに影響を与えながら出現,維持,収束していった変化(経済進化)のプロセス,および,人々の貨幣制度(ルール)に関する多様な意識や価値観(自由,平等,効率,生存,博愛などのメタルール)を調べることで,複数の通貨制度の相互作用という制度生態系のダイナミクスをメタルールの変遷との関係で明らかにしようとした.調査から,州債通貨と地域通貨の出現,興隆,衰退,同じ時期のドルとペソの減退,回復といった変化は,人々の貨幣意識のシフトを伴っているのではないかと見られる. また,株式市場において,株価の急激な変化が起きたときに取引を一時的に停止させるサーキットブレーカーという制度と,価格形成をスムーズにして取引を活発化させるマーケットメーカーという制度が,どのように相互作用して,株価・取引主体の行動・市場の安定性に影響を及ぼすかを,市場シミュレーションを用いて調べている.
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