研究概要 |
乳児期に発生したひ素ミルク中毒被害者を対象に,50年後の被害者の障害(身体、知的、精神)程度により,それぞれの歯科保健・医療ニーズの実態を明らかにし,30歳代に実施した歯科アンケート調査結果と比較することによって,必要かつ効果的な歯科保健対策を策定することを目的とした。平成19年に「口腔保健行動・自覚症状・受診意欲・歯科保健ニーズ」調査票を作成し,広島県内に居住する被害者を対象に質問紙調査を実施した(回収率:60%)。単純集計結果から,「歯の治療は痛くなってから行く」との回答が20年前の81%から66%に減少し,「一本一本の歯に注意して“歯みがき"をしている」ものは36%から47%に推移するなど,概して口腔保健行動は好ましい方向に推移していた。また,プレシード・プロシード(PP)モデルを基に被害者の歯科疾患(自覚症状)と歯科保健・医療ニーズに関する因果分析を行い,被害者の保健行動との関連性を検討した。その結果,ひ素ミルク中毒被害者の歯科保健行動に関しては既存のPPモデルでは説明できない独自の因果モデルが存在することが示唆された。即ち,地域や協会による歯科保健教育で被害者の歯科保健行動が向上したものの,彼らの口腔内状態の改善にまでは至らなかった可能性が高く,良好な口腔の維持は,「実現要因」(受診行動を起こす際の個人的障壁がないこと)に影響されたものであった。また,QOLは「準備因子」(行動を起こすために必要な知識・態度),「歯科保健行動」,「口の健康」から直接影響を受けていた。「強化要因」からは「歯科保健行動」を介し,また「実現要因」からは「口の健康」を介し,間接的に影響されていたが,「歯科保健行動」の向上がQOLに結びつくという大前提が必ずしも成り立たないことが示唆された。
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