研究実績の概要 |
2022年度は前年度の「研究の推進方策」で述べていたように,「ピカール数2の3次元の(ダブリング構成で得られた)カラビ-ヤウ多様体の微分同相性を全て識別する」という研究プロジェクトを成功させ,ジャーナル:Rendiconti del Circolo Mathematico di Palermo Series 2において,本研究内容が掲載された.また共同研究により,相対Ding-安定性に関する4次元以下のトーリックファノ多様体の分類を完成させ,相対K-安定性と相対Ding-安定性の違いを如実に示す例を構成した.この内容については, European Journal of MAthematicsにて掲載される事が決定した.元々この結果については,自身が共同研究者Bin Zhouと(Tohoku Mathematical Journal 71, (2019), pp.495-524)で発表した先行研究内容が礎になっている.実際,Zhouとの共同論文では,与えられたトーリック多様体が相対K-半安定および相対K-不安定 となるための判定法を,付随する多面体の組み合わせ論的情報で記述し,その応用として3次元トーリックファノ多様体のうち,いずれが相対K-安定になるかを決定していた.この研究の継続課題として,現在印刷中のEMJの論文では,Bott多様体と呼ばれる,ある特殊なクラスのトーリック多様体に注目すれば相対K-安定性と相対Ding-安定性の違いを示す例が見つかることを示した.これはケーラー幾何学にBott多様体が相性良く振る舞う事を示唆しており,関係研究者に大きなインパクトを与えることができた.またBott多様体に関する別の研究実績として,藤田健人氏との共同研究において,「どの様なトーラス不変な因子に沿ってもスロープ半安定なBott多様体は射影直線の直積に限る」事を証明している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は大学運営に関わる仕事や,教育学部特有の仕事が急激に増えた関係上,自身の数学研究に携わる時間が大幅に減ってしまったが,普段の授業準備を今までの教育経験を活かしながら効率的に行うことで,何とか研究遂行に必要な時間を確保した.またパンデミックが終息しつつあり,多くの国際研究集会や各地での学術的会合が開催されるようになったため,スケジュールを工面し,積極的に参加したのも,研究の進捗に大きく功を奏したと思われる.さらに,最近ではZoomを用いたハイブリッド形式の研究集会やセミナーなどがオンラインで開催されているため,それらを有効に活用しながら,地方大学の持つ不利な条件を極力回避するなどの工夫が上手く機能しているのかも知れない.とはいえ,オンライン上の議論では議論できる内容にも限界があり,最前線で行われている研究内容の議論に食いついていくのは容易ではない.そのため,関係研究者の集う研究集会に対面で参加しアドホックな議論を行うことや,研究内容に密接に関わる研究者の所属する研究機関に直接訪問するといった研究交流は非常に重要である.事実,大阪公立大学で研究発表した際に知りあった国外研究者(ロシア)を香川大学に招聘し,新たな共同研究プロジェクトを立ち上げる基盤を築くことできたのは,対面参加ならではの利点といえる.また,パンデミック後に初めて参加した台湾国立大学での国際研究集会(Higher dimensional Algebraic Geometry)では,第一線の研究者たちによる発表内容のみならず,同参加者との思わぬ共通課題や接点を発見し,その後zoomで詳しく内容を吟味するなど,対面とオンラインによる議論を相互に上手く活用している.2023年度も,そうしたacademic communicationを足がかりに前年度に見つけた新たな研究課題の解決を図り,更なる飛躍を目指す.
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今後の研究の推進方策 |
現在取り組んでいる単独研究プロジェクト「射影トーリック多様体上のsemistable pair」をいち早く完成させる事を目標とする.これは(1)コンパクトケーラー多様体上のK-energyの漸近挙動をチャウ多面体とHyperdiscriminant多面体の情報で巧みに捉えることに成功したPaulの安定性(semistable pair):Annals of Mathematics 175 (2012), pp.255-296. 及び (2) Gelfand-Kapranov-Zelevinsky理論のA-discriminantのテクニック を射影トーリック多様体上で実行することで実現可能と思われる.まずはこのプロジェクトを完結させたい.
また,研究実績の概要の中でも述べた藤田健人氏(大阪大学)との共同研究において示した定理,「どの様なトーラス不変な因子に沿ってもスロープ半安定なBott多様体は射影直線の直積に限る」と同値かつ独立な主張として「任意のトーラス不変な因子に対して二木不変量が常に消滅するBott多様体は射影直線の直積に限る」事を小野肇氏(筑波大学),佐野友二氏(福岡大学)との共同研究にて取りまとめる事を予定している.特に前者の藤田氏との共同研究[FY23]では,適用する不変量(Donaldson-Futaki不変量)の計算をBott多様体上の交点数の計算に持ち込んだ戦術に対し,これから発表する小野-佐野-四ッ谷[OSY23]では,DF不変量の計算をモーメント多面体上の積分計算に帰着させている部分に大きな違いがある.特に後者ではBott多様体のモーメント多面体がcuboidと呼ばれる特殊な形状をしていることに着目し,本来なら計算不可能なほど複雑な多面体上の積分計算を簡単化する事に成功した.今後は任意のトーリック多様体上で同主張の類似が成立するか一般化を試みる.
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