研究実績の概要 |
令和5 (2023) 年度は、前年度までに転写を完了したアルフリッチの『文法』の11世紀主要写本9つにおける3人称複数主格代名詞に注目し、先行研究では明らかにされていない各写本における非標準的な語形の出現頻度を調査した。この調査で明らかになったことは、3人称複数主格代名詞代名詞の語形の現れ方は写本によって異なることである。アルフリッチの『カトリック説教集』の標準的な語形である hiはすべての写本で使用される。Higは7つの写本で使用され、特にCambridge, University Library, Hh.1.10写本とCambridge, Corpus Christi College, 449写本で高い頻度で現れる。hyは5つの写本での使用が確認された。その他の語形について言えば、heo、hyg、hyo の出現頻度は極めて小さいものである。本調査で明らかになった3人称複数主格代名詞の非標準的な語形は、書かれた地域が明らかな同時代の他作品、他写本での出現分布を考慮すると、写本が書き写された地域の方言要素を反映している可能性があるという点で興味深い。 本研究では、11世紀に製作された『文法』の写本の言語の分析を通して、各写本、特にイングランド南東部地域で制作された写本における古英語標準語とは異なる言語特徴を明らかにした。それが地域特有の方言要素と断定することはできないにせよ、非標準的な言語要素に注目することで、『文法』の写本が書き写された地域に広く見られる共通の言語特徴が浮き彫りになったと同時に、各地域での『文法』の言語の伝播、受容の仕方について、先行研究では窺い知ることができない新たな知見を得ることができたと考える。
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