研究課題/領域番号 |
19K01081
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分03040:ヨーロッパ史およびアメリカ史関連
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研究機関 | 大分大学 |
研究代表者 |
城戸 照子 大分大学, 経済学部, 教授 (10212169)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
3,120千円 (直接経費: 2,400千円、間接経費: 720千円)
2022年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2021年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2020年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2019年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
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キーワード | コマッキオ / ヴェネツィア / チェルヴィア / ラヴェンナ / 製塩 / 塩商業 / うなぎ / アドリア海沿岸 / ポンポーザ修道院 / ラヴェンナ大司教 / ポー川デルタ地帯 / ポー河デルタ地帯 / 中世考古学 |
研究開始時の研究の概要 |
イタリア半島東部アドリア海沿岸北部のポー河デルタとその近隣地帯は、ポー河およびその支流、またレノ川の河川航行が、海路および陸路と接続する地域である。本研究は、文献史料に基づく従来の研究に加え、中世古学研究の新しい成果を取り入れて、10世紀までのヴェネツィア、コマッキオ、ラヴェンナといった在地の中心的集落のそれぞれの特徴と、河川航行による商業および相互の政治関係、製塩業をめぐる競合関係を明らかにする。ヴェネツィアについては、在地集落が抜きんでる際の、貨幣製造のもつ経済的求心性と政治的威信の効果を検出する。
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研究実績の概要 |
イタリア史研究会編(2022)『イタリア史のフロンティア』第Ⅰ部 環境・空間・地域-第2章「小都市の持続可能性 - ポー河デルタ地帯のコマッキオ集落」において、アドリア海沿岸の小集落だったコマッキオが、8-9世紀にヴェネツィアと競合しつつ製塩と塩商業でイタリア北東部の流通圏で活動していたことを示した。 遠隔地商業の拠点として成長するヴェネツィアとの競合で後れをとったが、排除されるのではなく、コマッキオはポー川流域の在地商業で、商業ネットワークのカテゴリにおいてヴェネツィアと分業するかたちで、一定の役割を果たした。 中世世紀以降も政治的な帰属(封建領主・教皇)を変えつつ、アドリア海沿岸の小都市として存続した。現在では第二次世界大戦後の大規模な干拓により中洲の小島が地続きになる一方、内部にラムサール条約による広大な湿地帯を保存して、環境保護を重視する自然公園を維持している。 ヴェネツィアになれなかった平凡な小集落と表現されるが、アドリア海沿岸とポー川流域が交差する地域の拠点として、現在に至る独自の地位を維持している。イタリアの都市史において、大都市と有力な領域都市国家だけでなく、在地の下位ネットワークにおける小都市が地域を有機的につなぐ役割をもつ、というモデルを提示した。 また、政治的な枠組みをより明確にした地域史を考え、ヴェネツィアとコマッキオという領域と、ラヴェンナとチェルヴィアというふたつの領域を区分することを提示している。特に考古学研究による発掘資料(アンフォラなどの焼き物・容器)を指標として、アドリア海沿岸に、小さな経済領域が複数連なるモデルを想定している。製塩地も、キオッジャ(ヴェネツィア近郊)、コマッキオ、チェルヴィアと点在しているため、複数の塩商業の流通経路の検討につなぐことができる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
Covid19の感染症拡大のため、イタリアでの資料収集や博物館での巡見を、2022年度も中止したため、遅れている。 また、当初の想定と異なり、コマッキオの政治的帰属が商業拠点という地位に及ぼす影響が、明確にされないため、研究の焦点を見直す必要が生じた。「ヴェネツィアとその隣人」としての経済圏のなかに、中世盛期に隆盛するポンポーザ修道院が含まれるとは考えにくい。コマッキオに関しては、ビザンツ帝国からフェッラーラのエステ家の家領へ、さらに教皇領へと政治的帰属が変化しても、むしろ小都市ゆえに政治的帰結に影響されず、在地での機能や役割には継続性があるのではないか、と新たに考えている。 またアドリア海沿岸の製塩地を考えるには、製塩地はチェルヴィアはラヴェンナおよびラヴェンナ大司教との結びつきのほうが強いように思われ、当初の構想を変更する必要がでてきた。
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今後の研究の推進方策 |
1 今後取り上げる地域として、ラヴェンナを核としそれに帰属するチェルヴィアに特に注目する。そこでの製塩と塩商業は、ラヴェンナ大司教を中心とする商業網にどのように組み込まれていたか、検討する。中世初期の塩商業には、近世以降の、たとえばフランスのガベル(塩税)のような課税措置は見られないが、それでもラヴェンナ大司教の教会領主としての権力が関わっている可能性が大きいからである。 2 また、イタリア現地での博物館、文書館などの巡見が無理な時期も、大学に所蔵されている『中世考古学』《Archeologia Medievale》誌の発掘成果報告などを閲読し、10年まえから特に活発になっているアドリア海沿岸地方の、発掘成果を追跡する。チェルヴィアのとラヴェンナの領域政治史の知見を深めることが目的だが、コマッキオと比較すべき時期のチェルヴィアの中世初期史にはまだ明確になっていないことが多いため。 3 製塩地ごとに塩商業にかかわる領主権力の関与を整理する。そのことで塩商業の流通のあり方が分かれば、一般的な塩の需要が地域ごとの生産活動(チーズつくりや塩漬け加工)に具体的にどのように反映されるか、食材や調理の地域差にも関係してくると考えられるため。
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