研究課題/領域番号 |
20H04084
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研究種目 |
基盤研究(B)
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配分区分 | 補助金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分59020:スポーツ科学関連
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研究機関 | 名古屋学院大学 |
研究代表者 |
近藤 良享 名古屋学院大学, スポーツ健康学部, 教授 (00153734)
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研究分担者 |
戸田 聡一郎 東北大学, 文学研究科, 特任助教 (90619420)
三浦 裕 北海道教育大学, 教育学部, 教授 (50142774)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
5,720千円 (直接経費: 4,400千円、間接経費: 1,320千円)
2022年度: 1,820千円 (直接経費: 1,400千円、間接経費: 420千円)
2021年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2020年度: 2,730千円 (直接経費: 2,100千円、間接経費: 630千円)
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キーワード | ドーピング / 遺伝子工学 / 脳科学 / エンハンスメント / スポーツ倫理学 / 生命倫理学 / 科学技術 / 生命倫理 / スポーツ倫理 |
研究開始時の研究の概要 |
2003年に「遺伝子治療を応用する方法」がドーピングとして禁止されて以来、今まさに新しい局面を迎えようとしている。その1つが遺伝子編集技術、CRISPR-Cas9の開発(2012年)である。もう1つが脳科学のニューロフィードバック技術である。これらの方法はドーピングとして検出困難もしくは不可能な方法になりうる技術である。よって、本研究は、これらの検出困難もしくは不可能とも言えるドーピング方法がどのような影響をスポーツ界に招来させるかを生命倫理やスポーツ倫理の視点から考察する。遺伝子ドーピングや脳ドーピングのスポーツ界への影響を論じる中で、私たちの未来社会のあり方も問うことになる。
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研究実績の概要 |
2021年度の研究成果の一部として、競技スポーツにおける経頭蓋直流電気刺激(tDCS)トレーニング法が選手間の公正性に背くのか、またスポーツの健全性(integrity)に背理するとすればドーピングの方法として規制すべきかを学会発表した。 内容を要約すると、ニューロフィードバックを用いる脳ドーピング(Brain-Doping)の科学的有効性、安全性は現在のところ実証されていない。だが現実には、Halo New Scienceなどの企業の主導によって、米スキー代表チーム、NFL候補選手、MLBチームなどがトレーニング法として採用し、たとえば、集中力を高めるための前頭前野(PC)や運動能力を向上させるために一次運動野(M1)、補足運動野(SMA)への刺激に利用していた。現状では一部の選手間で「根拠と安全性なきtDCS」が浸透しつつある。 確かにtDCSは検出不可能で「出し抜こうとする」選手にとっては有望な『脳ドーピング』であっても、逆にパフォーマンスを低下させる可能性もある。たとえばゴルフに要求されるプレー前のtDCS刺激を考えると、SMAへの刺激は運動の精緻さ、Coordinationを乱し、PCへの刺激は集中力やプレッシャーへの対応を乱す可能性がある。 tDCSによるニューロフィードバック法を選手に実践することは、未熟で将来的に有害になる可能性が否定できない。物理的操作と言えるtDCSは今のWADAの禁止方法に含まれず、検出不可能な方法であることから、この技術がさらに選手間に普及し、技術自体の発展・改良される可能性がある。したがって、スポーツの健全性の観点からもドーピング規制(WADAのモニタリング監視)への議論を進める必要があると提言した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度、2021年度の2年間、コロナ禍の影響による研究の遅延は否めない。その中で、2021年度の研究成果の一部として、「検出不可能な経頭蓋直流刺激(tDCS)を用いたトレーニング法の問題性」と題して研究発表を行った。結論として、現時点において、WADAが禁止薬物や方法に指定する際にはモニタリング・プログラムを行っていることから、「tDCSを応用する方法」をドーピングとして禁止方法に加えるかどうかを「検討する段階」に位置づけるべきだと判断した。 ただし、現実にルール化して、WADAコードに加えても、実効性、つまり検出できるかどうかは大きな問題となる。現行の10年後検査体制でカバーできるかは疑問である。スポーツ医・科学の研究者には、tDCSを含めた脳科学の研究、特にエンハンスメント的利用に関しては、より厳格な「研究倫理審査の承認」を経た、公開・透明性に基づく科学的研究の蓄積が求められる。例えば、禁止薬物とtDCS使用の「パフォーマンスへの効果とリスク評価」などは、リタリンやプロザックのような薬物と同等の効果が示せれば、危険な薬物使用から、tDCs方法への移行を推奨することも可能である。より危険な方法から安全なトレーニング方法への情報提供も求められる。 またHaloデバイスをスポーツ現場で使用する際は、専門的知識や技能を身に付けた専門家の管理下に置かれた使用が求められる。専門職は専門的知識に基づく能力により、一般の人々が立ち入ることができない領域において職務を遂行している。仮に専門職がその信任に背理して職権濫用すれば、社会から不信を招くことになる。医療倫理の4つの原則、①自律尊重原則、②無危害原則、③善行原則、④正義原則を守ることが、スポーツ医・科学の専門職にも求められるだろう。
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今後の研究の推進方策 |
近年になって、スポーツ哲学・倫理学においては、遺伝学・脳神経科学を中心としたテクノロジーを用いた「検出困難あるいは不可能なドーピング方法」にどのように対処すべきかについての議論が積み重ねられている。 ドーピング問題への対処は、1968年のドーピング禁止規程の制定以降、半世紀以上が経過しても不完全との評価がある。また問題の射程も、検出不可能(遺伝子ドーピング、高地トレーニングと同条件の平地酸素室トレーニング、頭皮磁気刺激法などの脳ドーピング)なものから、選手にとって健康上のリスクを与える可能性が低い競技力向上物質(治療薬、市販薬、サプリメント)に至るまで多種多様である。現行の世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の対応は、人権侵害が伴う検査体制を含めて、完全に機能しているとは言えない。ドーピングが「なぜ」禁止されるべきかという問題自体に基本的合意はなく、さらに、治療を超えた「エンハンスメント」の議論を絡めるとドーピング問題の複雑さが露呈する。 よって、本研究課題の次年度は、検出困離もしくは不可能なドーピングの防止に実効性がない点に着目し、人間の限界への挑戦とする「エンハンスメント論」を検討する。検出できない脳ドーピングや遺伝子ドーピングは選手の特異体質とみなされる。こうした事態を仮定すると、今後は、様々な科学技術を「エンハンスメント」として利用することの是非が問われる。研究代表者、研究分担者、研究協力者らによる先行研究分析や議論の中で、公平性、治療対増強向上、医の倫理、人間の尊厳、生の被贈与性、自己決定権、世代間倫理、インフォームド・コンセント、責任といった生命倫理学、スポーツ倫理学の諸原則を援用、適用しながら、エンハンスメント問題にアプローチし、研究成果を日本体育・スポーツ・健康学会や日本体育・スポーツ哲学会などで公表する。
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