研究課題
基盤研究(C)
我々はこれまでに、出芽酵母を長期培養し、培地中の炭素源が枯渇した際に誘導される静止期細胞への分化およびマイトファジーが、ミトコンドリアにおけるリン脂質、ホスファチジルエタノールアミン(PE)の合成不全によって促進されることを見出している。そこで本研究では、出芽酵母におけるミトコンドリアPEを介した細胞分化およびマイトファジーの制御機構を解明する。また、出芽酵母で得た知見をもとに、哺乳動物細胞において、ミトコンドリアPEを低下させることで癌細胞増殖抑制および幹細胞分化促進が可能かを検証する。
ミトコンドリア内膜におけるリン脂質ホスファチジルエタノールアミン(PE)の合成は、前駆体リン脂質であるホスファチジルセリン(PS)の小胞体からの輸送に依存している。代表者は以前に、グルコース枯渇時の出芽酵母においてミトコンドリアPE合成がミトコンドリア内PS輸送体Ups2-Mdm35依存的に促進すること、Ups2の欠損はグルコース枯渇時の酵母の静止期(G0)細胞への分化を促進させることを見いだしていた。本研究では、細胞のリン脂質合成制御機構およびその生理的意義の解析を試みた。研究の結果、Ups2やPE合成酵素Psd1の欠損によるミトコンドリアPE合成低下は、グルコース枯渇時の出芽酵母において細胞内エネルギーセンサーであるSnf1(哺乳動物AMPK)の過剰活性化を引き起こすことを見いだした。また活性化したSnf1/AMPKは、その下流においてアセチル-CoAカルボキシラーゼ(Acc1)の活性を抑制することでG0細胞分化を、ピルビン酸カルボキシラーゼ(Pyc1)の発現を上昇させることによってミトコンドリアにおけるATP産生をそれぞれ促進させていることを見いだした。これらのことより、グルコース枯渇時に合成が促進するミトコンドリアPEにはSnf1/AMPKの活性を介して細胞分化、エネルギー代謝制御に重要な生理作用を有すると考えられる。また、哺乳動物PS合成酵素PSS1は小胞体膜タンパク質であり、細胞内PS量に応じて酵素活性が制御されている。PSS1の点変異による酵素活性制御の破綻は、先天性骨形成不全症であるLenz-Majewski症候群の原因となる。代表者は、このようなPSS1の活性制御に関わるアミノ酸残基が、サイトゾル側に配向していることを見いだした。このことから、PSS1はPSを小胞体膜のサイトゾル側で検知し、自身の酵素活性を制御していることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
研究代表者は本研究を通じ、出芽酵母においてミトコンドリア由来PEが細胞内エネルギーセンサーであるSnf1/AMPKの活性を抑制し、ミトコンドリアにおけるATP産生およびG0細胞への分化を低下させる作用を有することを見いだした。また、ミトコンドリアPEの生理作用のさらなる探索の結果、出芽酵母、乳がん細胞において、細胞周期制御因子Whi5/Whi7(ヒトpRbオルソログ)とUps2(ヒトPrelid3b)の同時欠損が細胞増殖を抑制することを見いだした。pRbは多くのがん細胞において欠損がみられることから、Prelid3bを介したミトコンドリアPE合成系路は、新規抗がん剤開発の標的となると期待される。また、哺乳動物PS合成酵素PSS1は小胞体膜タンパク質であるが、その膜配向性はこれまで明らかではなかった。研究代表者は、PSS1がN末端、C末端をサイトゾル側に配向した10回膜貫通タンパク質であることを明らかにした。さらに、PSS1活性制御を破綻させ、先天性骨形成不全症Lenz-Majewski症候群の原因となるPSS1上の点変異が、PSS1のサイトゾル側領域に集中していることを見いだした。このことから、PSS1のサイトゾル側領域は、PS合成制御に重要であることが示唆された。加えて、代表者は、出芽酵母においてミトコンドリア、小胞体に両局在するPE合成酵素Psd1の量と細胞内局在が、細胞内PE量に応じて制御されており、この制御にホスファチジン酸(PA)代謝、小胞体関連分解、Psd1のミトコンドリアへの輸送が強く影響していることを見いだした。このように、本研究を通じて細胞内リン脂質合成制御機構およびその生理的意義について多くの知見を得た。これら知見は、細胞生物学的に重要であり、がんなどの疾患の治療法にも繋がると期待される。よって本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
本研究を通じて、これまでにミトコンドリア由来PEがSnf1/AMPKの活性制御に関わることが示唆されている。そこで、今後はリコンビナントSnf1/AMPKタンパク質を用いた試験管内実験系によってPEが直接Snf1/AMPKの活性化に影響するかを検証する。また、Snf1/AMPKは哺乳動物においてマクロファージなどの免疫細胞の制御に関与することが知られているので、ミトコンドリアPEについても病原体感染時における免疫細胞制御に関与するかを検証する。さらに、本研究ではヒト乳がん細胞においてpRbとヒトUps2ホモログであるPrelid3b を同時に発現抑制すると合成生育損傷を引き起こすことを見いだしている。pRbは多くのがん細胞において欠損していることが知られている。よって、Prelid3bの阻害剤が開発されれば、抗がん剤としての応用が期待できる。そこで、今後はPrelid3bを含むミトコンドリアPE合成経路を阻害する低分子化合物のスクリーニングを試みる。また、出芽酵母において、小胞体、ミトコンドリア上におけるPE合成酵素Psd1の分布調節による細胞内PE量制御機構について新規の知見を得ているので、これら成果の学会、論文発表を行う予定である。
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