研究課題
若手研究
ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) は抗癌薬の分子標的として興味深く、これまで、HDAC阻害薬を独自に2種類見出した。それらは類似の構造であり、酵素阻害活性も同程度だが、乳癌細胞に対する増殖阻害活性は、一方が他方に比べて千倍以上高い。また、この高い細胞増殖阻害活性を示す阻害薬は、HDACの構造変化を誘起するinduced-fit型阻害薬であり、HDACと転写因子との相互作用を阻害するとの知見を得た。そのため、癌細胞増殖阻害活性の顕著な差は、induced-fit作用に伴う、HDACと転写因子との相互作用阻害がもたらす遺伝子発現変化に起因すると考え、本研究において詳細な解析を行うことにした。
我々は、induced-fit作用型 (アロステリック作用型) によるHDAC阻害作用を有する新規の化合物 (HDAC阻害薬) の詳細な解析に取り組んだ。この化合物は、従来のHDAC阻害薬と比較して、乳がん細胞に対して強い細胞増殖阻害作用を示すことがわかっているが、この強い細胞増殖阻害作用は、「induced-fit作用によって誘起されるHDACの構造変化が、HDACと転写因子との相互作用阻害を引き起こすことで、HDAC活性に加え転写因子にも影響を与え、その結果、強い細胞増殖阻害に至る」との仮説のもと、検証を行った。我々は、まず、免疫沈降実験とプロテオミクス解析とを組み合わせ、当該阻害薬によって、HDACとの相互作用が阻害される転写因子を同定した。また、当該阻害薬を乳がん細胞に投与した後、網羅的な遺伝子発現解析を行うことで、当該阻害薬によってアポトーシス、およびオートファジー関連の遺伝子の発現が誘導されることを明らかにした。さらに、HDACと同転写因子はそれぞれスプライシングに関与すると報告されているが、当該阻害薬投与後、アポトーシスとオートファジーの開始を制御するBcl-X遺伝子のmRNAのスプライシングパターンが変化することを特定した。このスプライシングパターンの変化によって、両経路を介した細胞死が誘導されるのではないかと推測した。そして、本年度は、当該阻害薬の投与によって、乳がん細胞においてDNAの二本鎖切断量が増加することと、それに伴ってp53経路が活性化されることについても同定した。以上の結果から、研究期間全体を通じて、induced-fit作用型のHDAC阻害薬が有する作用機序の大筋について明らかにできたと考えている。
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J Med Chem
巻: 66 号: 22 ページ: 15171-15188
10.1021/acs.jmedchem.3c01095