研究課題/領域番号 |
20KK0307
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研究種目 |
国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分17040:固体地球科学関連
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
永嶌 真理子 山口大学, 大学院創成科学研究科, 教授 (80580274)
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研究期間 (年度) |
2021 – 2023
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
9,490千円 (直接経費: 7,300千円、間接経費: 2,190千円)
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キーワード | ラマン分光 / 結晶性 / 非晶質 / 緑簾石 / クリノゾイサイト / 合成 / 原子配列 |
研究開始時の研究の概要 |
天然鉱物では放射性元素に起因する結晶性の低下がみられることが知られてきたが,研究代表者は放射性元素に起因しない結晶性の低下を見出した.これまでの自身の研究に基づき,本現象は原子配列の周期性に乱れがない同方位を持つ結晶子が断片化し,それらの境界領域の結晶性が低下している状態から生じるという仮説を提唱した。これが正しければ,長周期原子配列やナノスケールでは現象は捕捉不可能である。したがって本研究は,中間スケールにあたる短周期原子配列を検討するため偏光顕微ラマン分光スペクトル解析を適用し,上述の仮説の検証および固体結晶質物質内の原子配列の乱れを起こす発生原理を解明することを目的とする.
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研究実績の概要 |
研究代表者は基課題で放射性元素に起因しない結晶性の低下という新たな現象を天然の緑簾石族鉱物から見出した(Nagashima et al., 2011).緑簾石族鉱物は自然界で地熱環境~超高圧条件下の非常に広い環境で産し,一般に高い結晶性を示す.観察された現象は,普遍的であるにもかかわらず,発生範囲が限定的で光学顕微鏡で観察できず,さらに長周期原子配列やナノスケールでの補足が困難なため見過ごされてきたと推定される. 現象の実態を把握するため,研究代表者はMihailova教授(ハンブルク大学)に協力を依頼し,偏光顕微ラマンスペクトルを用いて短周期原子配列を検討した.その結果,本現象は「原子配列の周期性に乱れがない同方位を持つ結晶子が断片化し,それらの境界領域の結晶性が低下している状態」であることを明らかにし,その原因と発生メカニズムに関して仮説を提唱するに至った(Nagashima et al., 2021). Mihailova教授と議論を重ね,第一に高い結晶性を示す緑簾石族鉱物の偏光ラマンスペクトルを解析し,本鉱物の結晶構造内の原子結合状態と元素分布の関係を明らかにした上で,それに基づいて低結晶性試料から得られたスペクトルを評価する必要があるという共通認識が得られた.研究代表者は2022年4月初旬-2023年2月下旬までMihailova教授研究室に滞在し,天然および合成緑簾石族鉱物を対象とした偏光顕微ラマンスペクトル測定およびデータ解析に従事した.高い結晶性を示す緑簾石(31試料)のスペクトル変化と化学組成の関係を明らかにし,その成果を国際誌に公表した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者は2022年4月初旬-2023年2月下旬までMihailova教授研究室に滞在し,偏光顕微ラマンスペクトル測定およびデータ解析に従事した.COVID-19流行による渡独延期の間に基課題の成果や問題点をあらためて整理し,天然鉱物結晶および合成試料について観察,化学分析,X線回折実験でそれらの特性を精査し,ラマンスペクトル測定により適した試料を選定することができた.さらに共同研究者と研究計画や見通しについて議論を重ねたことで,渡独後の実験を非常に円滑に開始することができた.滞在の間に高い結晶性を示す天然緑簾石結晶,低結晶性を示す試料,合成試料,構造的類縁鉱物群など合計およそ70試料からの偏光ラマンスペクトルを取得し,各スペクトルの解析を行った.さらにこれらの中から選定された10試料は,高温下でのスペクトル測定を実施し,温度による結晶性の変化を評価した. 基課題および本課題の成果の一部を2022年7月にリヨン(フランス)で開催された国際鉱物学会(IMA)で口頭発表し,活発な議論と多角的な観点からのコメントを通じてさらに理解が深まった.測定試料のなかでも特にアルミニウムと鉄が置換する天然緑簾石31試料について,化学組成とスペクトル変化の関係を詳細に明らかにし,スペクトルを用いた鉱物中の鉄含有量の正確な見積もりを提案するに至った.この成果は国際誌European Journal of Mineralogyに2023年4月初旬に公開された(Nagashima and Mihailova, 2023).
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今後の研究の推進方策 |
およそ70試料から取得したスペクトルに関して解析をすすめ,研究成果を順次国際誌に公表する.現在までにアルミニウムと鉄が置換する天然緑簾石31試料のスペクトル解析を通じて,化学組成とスペクトル変化の関係の理解が深まった(Nagashima and Mihailova, 2023).今後は単結晶から取得した偏光スペクトル解析結果,結晶方位,化学組成,結晶構造の関係を複合的に検討し,これらをリンクさせることでラマンピークの帰属を目指す.これらの高い結晶性を持つ緑簾石から取得されたデータをスタンダードとして,低結晶性試料のラマンスペクトルを評価することで,結晶子の断片化メカニズムとその原因を究明する.さらに断片化した結晶子に温度変化が与える影響について長周期原子配列と短周期原子配列の観点から検討する. 「結晶子の断片化による結晶性の低下」の普遍性を検証するため,合成物質を用いた再現実験を行う.研究代表者は以前,含バナジウム合成緑簾石を用いてバナジウムの挙動と結晶構造に与える影響を明らかにした(Nagashima et al., 2019).その際,合成生成物である含V緑簾石は長周期原子配列の観点から結晶質と評価されたが,後にラマンスペクトル解析によって短周期原子配列に乱れを持つことが明らかになった(Nagashima et al., 2021).解析の結果,この合成生成物は天然で見出された低結晶性緑簾石と同様に結晶子の断片化を持つと結論付けられた.このように研究代表者はすでに現象の再現に成功しているが,天然結晶の短周期配列の研究に基づいて得られた新たな知見を活かし,他の結晶質固体物質における現象の発現を検証し,普遍性を評価する段階を迎えている.
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